第十一話 通訳
[そちらの可愛い方は娘さんですか?]
流暢な英文が聞こえてくる。以前ならしどろもどろして、アイキャントスピークイングリッシュ、と答えていただろう。
しかし、今は違う。私はこう返した。
[はい。初めまして。娘の一ノ瀬 美郷です。
聞き取りにくいところもあるかもしれませんが、よろしくお願いします。]と。
何故、こうなったのか。それは数日前に遡る。
「ただいま」
そう言いながら、玄関のドアを開ける。
今日は平日。小学校だ。
水橋さんは車庫に車を戻しに言ったので、ここにはいない。
「おかえり、お菓子あるよ」
母の声が聞こえる。今日は何のお菓子だろうか。
数少ない子供らしい一面を見せながら、二階に向かうと、父と母がいた。
「あれ?今日は早いんだね。」
「仕事が早めに終わったからね。新人の教育もいいところまで行ったし。」
父親が笑顔を浮かべながら言う。
会長として、忙しい中でこの時間は珍しい。
いつもは八時半や九時ぐらいで、晩御飯も一緒に食べられないのに。
「まあ、他にも理由があるんだけれどね。」
「その他の理由って?」
「まあ、理由と言ってもお願いなんだけれどね。・・・数日後の交渉で通訳を頼みたい。」
母は知っていたのか、苦笑しながらお菓子を食べている。
とまあ、こんなことがあったのだ。
さて、普通なら断るが、今の私には能力がある。出来るはずだ。能力を披露するいい機会でもある。
[・・・英語がとても上手ですね。何か習っていたのですか?]
相手の、百九十ぐらいありそうな白人が聞いてくる。蛇足だが、ものすごくカッコいい。絶対彼女か、奥さんはいるだろう。
[いえ、独学でなんとか。と、言ってもやはり本場の人にはかないませんね。単語の使い方から違いますから。]
[いやいや、そんなことありません。]
しかし、言い回しが違うのは事実だ。
やはり、記憶した膨大な英語に関することを、この身体能力を向上させる能力で、ペラペラに話していても、壁、というのは低いながらも出来てしまう。悲しいというべきか、まだまだ壁を低くしようと頑張るか。
[それでは、本題に入っていきましょう。]
ちなみに、今発言したのは父親だ。
通訳がいると言った割には、完成度は高い。
一瞬、いらないんじゃないか、と思ってしまったが、交渉となると、難しい単語が出てくるので必要なのだろう、そう考える。
一応、付け加えておくが、今私たちがいる場所は、一ノ瀬グループの本社が丸々入っているビルだ。
そこの最上階近くの階である。
蛇足だが、相手は目の前にいる。ビデオ通話でいない時の方が多いらしい。
相手の人は足を組んでいるが、これは別に気にしなくていい。欧米の方ではこれが普通なのだから。
さて、そうこうしているうちに会議が始まった。
ちなみに、英文をどんな風に日本語訳をしているのかというと、英文が聞こえてきた途端に、日本語訳が頭の中に直接流れるのだ。
この身体能力の向上、という能力は侮れない。とてつもなく便利だ。
そして、それを父親と相手側に伝えたりしていく。結構忙しいが、サボるわけにはいかない。
と、そうこうしているうちに終わった。
[では、以上の内容でよろしいですね?]
最後は相手側の[はい]で終了した。
「ふう・・・」
精神的に疲れたが、貴重な体験が出来ただろう。
「ああ、そうだ。今から、会社に関する話をするから、ちょっと外で待機しておいてくれないかい?ビルの中を探検してもいいから。
三十分後にまたここに戻ってきて。」
父親が真剣に言う。
会話を盗み聞きしようかと一瞬思ったが、私がやっていいことではないな、そう思いやめた。
「それじゃあ、三十分後に戻ってくるからね。」
会社の中は広そうで、中々面白そうだ。
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