第七話 父親(視点変わります)

「会長、このプロジェクトにかける予算を増やしてほしい、という要望が上がっています。」

「会長、お電話が。アジアのフィリピン支部からです。」

 毎日が目が回るように忙しい。

 休憩時間はほぼゼロに等しい。

 しかし、この状況に喜んでいる自分もいる。

 一旦、仕事が終了し、高いビルの屋上、ちょっとした庭園のようになっているところに設置されているベンチに座り、一息つく。

 ビルの高さは三百五十メートルあり、高所恐怖症の人にとって、最初のうちは落ち着かないだろう。














 思えば、あっという間に十年が過ぎていた。

 二十五の時にはあんなに小さかった会社は、いつのまにかこんなにも成長していた。

 社員もあっという間に増えた。

 取引先も増えていく一方だ。

 あまりにも順調に成長し過ぎていて、怖くなる。

 そのためか、何日かに一回は、ビルの屋上に設置されている小さい神社にお参りに行く。

 そして、お参りを終了した後に電話がかかってきた。

「もしもし。・・・依頼ですか?」

 相手は何も言わない。

 黙秘は肯定、その言葉が頭をよぎる。

その直後に声が聞こえてきた。

「そうなのよね。ちょっと社員の中で、特に怪しそうな人、十人洗い出してくれない?」

「鈴が鳴るような綺麗な声」は、言葉のせいか、かえって不気味にも感じる。

「今忙しいのですが。」

「ある程度の仕事はこちらで処理するわ。」

「なら、助かります。すでに洗い出しているので。」

「なんでそれを先に言わないの、って言うと思った?相変わらず、ズル賢いわね。」

「自分にとっては褒め言葉とも言えますが。」

「それで、まとめた情報はどうします?」

「あと、数十秒でくる人に渡して。いつもの人よ。」

 そして、ビルから山の方向、北のほうを見ると、何かが飛んできた。カラスや飛行機ではない。「人間」だ。箒に乗っているその姿は「魔女」のようでもある。

「よっと、」

 そう言いながら、ビルの屋上に降り立ったのは、制服を着た少女だった。

「それじゃあ、情報を渡してくれない?」

 いつもの言葉にいつもの行為で返す。

 スーツのポケットに入っている、精巧で、美しい懐中時計を取り出し、彼女が差し出した右手の手の甲にかざす。

「ほうほう、結構女性が多いね。男性は少なめだね。」

「まあ、この前、男性が多かったから。」

「そういえば、社員はどうするのよ?減った分、どこで補給するの?」

「もう補給は終えたよ。つい最近の新学期の時点で。」

「で、無駄な人を切り落とすと。相変わらずえげつないというか。」

「真に恐れるべきは有能な敵ではなく無能な味方であるってナポレオンも言っていたしね。」

「せめて、有能な敵でありたいと私は思うよ。」

 それじゃあ、もうすぐ休み時間が終わるから、そう言って彼女は箒にまたがり帰っていった。


「彼女も逆行者?」

 繋がったままの電話に話しかける。

「そうね、そういえば、「駒」の割合って言ったっけ?」

「いえ、聞いていませんが。」

「全体の五パーセントが私が作った人形。

 八十五パーセントが、記憶を失った逆行者。

 残りの十パーセントが記憶を失わなかった逆行者。エリートと呼ばれる人たちね。彼女はエリート。最強の魔女という風に呼ばれているわ。」

「自分のような協力者は?」

「かなり少なめね。私が見つけるのがほとんどだから。といってもなくてはならない役割だけれど。」













 いつ、この仕事を始めたのか。

 それはぼんやりとしていて思い出せない。

 しかし、会社を立ち上げてから始めたのは確実だ。

 なぜ、この仕事をしてほしいと言われた時に、いい、といったのかは今でも分からない。人殺しの仕事だとわかっているのに。

「そういえば、この前言っていた、「新星」の活動はまだなのですか?」

「今はまだね。なんとか回っているから」

 新星、それは、この前聞いた「記憶を失わなかった逆行者」のことだ。かなり優秀な人らしい。いつか会ってみたい、そんなことを思っていた。














 後になって思った。

「何故、自分の娘のことを思い出さなかったのか。」と。

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