第六話 入園

 今日は四月一日。

 桜が満開の、暖かい日だ。

 さて、今日は何があるか。この時点で気づいている人もいるだろうが、今日は幼稚園の入園式だ。

「憂鬱だな・・・」

 ここは私の部屋。入園記念にもらったのだ。

 主に白や茶色、黒色を基調としていて、まだ三歳の子どもにとってはおかしい、とも言える部屋のベッドで独り言を言う。

「まあ、しょうがないか・・・」

 そう言いながら、二階に降りる。


 この家の構造は三階建ての一軒家で、一階は談話室や玄関、二階はリビング、三階は個室という風になっている。もっと部屋はあるが。

「おはよう」

 父親と母親の返事を聞きながら珈琲を淹れる。三人分。

 そう三人分。私は珈琲が好きで、特に深いこだわりはないが、朝には必ず珈琲を飲みたい人なのだ。

「さて、今日の天気です。全国的に晴れで、暖かい日になるでしょう。洗濯日和です。

 この際に普段洗わないものも洗ってみてはいかがでしょうか?また、東京などの関東の方では、お花見日和となり・・・」

 ニュースを見ながら、トーストを食べる。

 この日本の治安はいいように思える。前の人生よりも事件が少ないように感じるからだ。と、いってもゼロではない。完全になくすのは不可能だろう。

「ご馳走様でした!」

 まず、礼儀が大事。そう教えられてきたので、こういう時でもちゃんという。

 そして、三階に上がり、クローゼットから幼稚園の制服を取り出す。

 制服は主に紺色と白色を基調としている。

 白のブラウスに紺のブレザー。ブレザーには校章がつけられている。海と夕日をイメージした美しい校章だ。幼稚園の名前が港川幼稚園、というのも影響しているだろう。そしてチェックのスカート。こちらも紺色だ。靴は自由で、大変助かる。

 そして着替えて、今日の荷物の準備をしていると、二階から、「もうすぐ行くよー」という声が聞こえた。


 一階に降りると、どちらも正装で、顔の良さのせいか、神々しさを感じる。

 天は二物を与えず、というが実際に与えられた人もいるのだ。私が頼んでしてもらったのだが。

 そして、家から出ると目の前にベンツが停まっていた。父親が停めたわけではない。そして自動的にドアが開く。

 つけ忘れていたが、この車は自動でドアが開くのだ。タクシーかよ。そんなことを思った。

「本当は、自分で運転したいんだけれど、一応はグループの会長だからね。」

 まあ、世界的に有名なグループの会長は自分で運転なんてしないだろう、そんなある種の偏見というか、イメージを壊さないためにも、運転手を手配している、ということだろう。そのことをやんわりと伝えると、

「その通り」

 苦笑いされた。

 そして車の中に入った。なんだか雰囲気が違う気がする。

「それじゃあ、出発しますよ。」

 運転手の水橋さんが言う。

 父の幼馴染である。蛇足だが、父親の父、つまり私の父方の祖父は、銀行の支店長をしていた。そのせいか、父の友達や、知り合いには、裕福な家庭が多い。

 試しに水橋さんを能力で調べてみると、父親が大規模な建設会社の重役、と書かれていた。水橋さん家も中々すごい。そんなことを思いながら、続きの文を読む。

「大学を卒業し、有名企業の内定は早くからもらっていたものの、運搬関係に興味を持ち、ドライバーの不足を知った彼は、悩んだ挙句にドライバーとなった。しかし、会社が潰れてしまい、途方にくれていたところを、一ノ瀬雅人が見つけ、しばらくの間、一ノ瀬美郷、一ノ瀬雅人、一ノ瀬美奈子専属の運転手となることが決定されている。」

 えっ、本当?と思った。父親や母親は分かるが、なぜ私が?と疑問に感じたが、すぐに答えが出てきた。


 一ノ瀬グループは有名だ。力も金も権力もある。

 もしも会長の一人娘を誘拐したらどうなるか。

 とてつもないことになる。

 それを回避するために、運転手を手配したのだろう。少なくとも、歩いて行くよりは安全性は増す。前の人生では当たり前だったことが出来なくなる。その代わりに、便利で楽なものになる。

 とりあえず、良しとしよう。そんなことを思っていると、あっという間に幼稚園についた。

 幼稚園は、遊具が多めで、建物も大きく、壁の状態を見るに、最近工事をしたように思える。

「それじゃあ、ここで降ろして。」

 父が言った場所は・・・幼稚園の正門の目の前。目立つこと間違いない。本気で言っているのか、と焦りの感情がどんどん出てくるが、世界的に有名なグループの会長がコソコソしていたら、まあ、いい感情は抱かないだろう。それよりは、堂々としておいたほうがいい、と言う考えなのだろうな、そう予想しながら、父と母、そして私の三人が車から出る。

「相変わらず、すごい数の人・・・」

 母がため息をつきながら言う。

 私もそう思う。ベンツから出てきた途端に、わらわらと人が来たのだ。私たちがお菓子で、周りの人がアリに見えるのは気のせいだろう。

 もう嫌だ帰りたい。そんなこととは反対に、身体能力の向上、という能力は、半自動的に美しい歩き方と、微笑を浮かばせる。便利な一方、不気味さを感じる。

「うそっ、あれって一ノ瀬グループの会長よね?」

「かっこよすぎて、死にそう・・・」

「あんた何言ってんの。聞かれたらどうするのよ!」

 あちらこちらから声が聞こえてくる。

 前の人生の時はこんなに注目されるとは思っていなかった。


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