過去①

 小学二年生の時。


 私は高山の岩のかげに生えた小さな枯れかけた花のように、教室のすみで一人でいた。




「ねえねえ、なわとびしようだしー!」


「えー、フラフープの方がいいしー!」


「じゃあ行こう! フラフープまで競争だしー!」


 中休み。楽しげに教室を出て行くクラスメイト。


 みんな口調が「〜だしー」なのにはわけがあった。


 当時大人気だった『ハートねらいうち♡プリンキュート』の主人公、プリももたんの口調が「〜だしー」だったのだ。


 小学生って好きなキャラクターの真似とかが流行るもの。


 だけど私はそれがいやだった。


 だって、私は「し」がうまく言えなかった。「し」が「ひ」になってしまう。


 高二になった今は、ほとんど問題なく言えるようになっているけど、当時は本気で悩んでいた。





 それでも、私には好きなことがあった。


「ねえ、みかん!」


 私と一緒のクラスで仲良し、学校のダンスクラブにもいっしょに入っている、ここなちゃんが私の机のところに、ぴょんぴょんぴょんと、だんだんと大きくとびながらやってきた。


「なあに?」


「ほらほらじゃーん! このこうこく、見た?」


「見たことないよ。なんのこうこく?」


「えきまえにね、ダンスきょう室ができたこうこく!」


 ここなちゃんは、あんまりアニメとかは見ないようで、口調の流行には乗っていなく、だから私は話しやすかった。


 だけど、ここなちゃんはすごく元気でぴょんぴょんぴょんといつもしていて、だからみんなと仲良しだった。


「へえ……ダンスきょう……ダンスのおへやができたのね」


「おへや? うんまあそんなかんじかな」


 ここなちゃんはきっと、私が「し」が言えないことに気づいている。


 やさしいからたぶん、気づいていないふりをしているんだと思う。


「でさでさ、いっしょに通おうよここに。たぶんもっとダンスうまくなるよ」


 私はここなちゃんがそうさそってくれたことがうれしかった。だからあまりのうれしさにいっしゅん言葉が出ず、すこしの間のあとに、


「うん! かよおういっ……いっぱいダンスやりたい」


 そう返した。

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