一万しゅっしゅっ


 次の日の朝。僕は朝早く起きて、自分のお弁当を作っていた。お弁当にも時折お子様ランチに使えそうな創作料理を試しに入れて見たりする。だけど昨日お子様ランチは作ったし、今日はいたって普通のメニューだ。


「おはよー、お兄ちゃんー! 昨日はダンスを七時間くらい踊った夢を見てつかれちゃった」


 六時半ごろに花凛が起きてきた。


「花凛おはよう……今朝ごはん作るからな」


「うん。ありがと。うおっ、今日のお弁当も美味しそう。私も食べたいよ〜」


「花凛は給食があるから……栄養士さんとかがしっかりと献立考えてるんだから……嫌いなものもなるべく食べるんだぞ」


「わかったよー、今日はラスボスのグリーンピースなんだけど頑張るよ」


 花凛はグリーンピースに挑戦宣言をして、お手洗いへと行った。それにしてもラスボスがグリーンピースとは弱そうだ。


 僕は自分の出来上がった弁当を弁当入れに入れて、朝ごはんの用意を始めた。


 お手洗いを済ませた花凛も手伝ってくれて、二人の朝食が始まった。ちなみに僕も花凛もご飯派。僕たちは会話をしながらご飯をすすめる。



 あれ? みかんはどうした? って思った人がいるかもしれない。


 僕も本当はみかんと一緒に朝ごはんを食べて、一緒に登校したい。だけど、みかんはダンス部の朝練があるのだ。一方僕は、朝ごはんの片付けと、夜ごはんの下準備などをしてから登校する。つまりは家を出る時間が全然違う。だから朝は会わないことの方が多いのだ。


 ピーンポーン


 しかし、今日はインターホンがなった。ドアを開けると、みかんが立っていた。


「どうした……? 昨日忘れ物でもしたか……?」


「いえ、なんでもないですわ。ただ……ちょっと、朝のダンス前に、凛太に会うと、のりのりで踊れそうな気がしたのですわ」


 そう言って、みかんは自分のカバンの紐をいじって、それから、カバンについているミカンのストラップを手でこねこねした。それだけなんだけど、いつものみかんよりもさらに少し女の子っぽくて可愛すぎた。


「そうか……、朝練頑張れよ」


「はいですわ」


 朝の気持ちいい空気に僕は包まれていた。僕の目の前にいるみかんは僕の好きな女の子だ。向こうも僕のことを好きでいてくれているのだ。僕はみかんと一緒に学校に行きたい気持ちになった。学校までの道のりを一緒に歩きたかった。


 だけど、僕もみかんもそれぞれでやることがある。


「お兄ちゃん」


 いつの間にか、まだ着替えていない花凛が後ろに立っていた。花凛は、みかんの前にはパジャマ姿でもためらいなく登場する。


「おお、花凛……食べ終わったか……」


「うん。……あの、お兄ちゃん、今日は私が洗い物と夜ご飯の準備するから、お兄ちゃんはもう学校行っていいよ」


「なんでだ……? 僕やるよ。花凛……朝縄跳びの練習するって行ってたじゃないか……」


「ううん。それは明日でもいいの。だからね、お兄ちゃんは、みかんと一緒に学校行くんだよー、はい準備してお兄ちゃん!」


「花凛……」


 花凛は僕がみかんと一緒に学校に行きたいと思っていることに気づいたのだ。それで、僕がすぐに学校に行けるようにするために、洗い物と夜ご飯の下準備を名乗り出たのだ。


 僕は花凛がとてつもなく優しい妹だということを実感し、涙が出そうになった。


「でもな花凛……大丈夫だ。朝、一緒に学校に行かなくても、僕はみかんのことをいつも考えているし……それに大好きだから」


「そっか、じゃあお兄ちゃんとみかんは、一緒に登校しなくてもラブラブだからおっけー、ってことだねー! よかったねーみかん! あれ? みかん、なんでそんなに顔から耳の先まで赤くて、熱っぽくて……あ、走って行っちゃいました」


 簡単に実況してくれた花凛の言う通り、みかんはぴゅーっと、ダンス部で鍛えた脚を生かして行ってしまった。


「学校でも一度くらいは会うと思うし……まあいっか」


「ふふん……どうやらみかんはお兄ちゃんにどきどきなんだね……ってお兄ちゃんなんでそんな私のこと見てるの?」


「あ、いや……花凛、成長してるんだな」


「え? 昨日は気づいてくれなかったのに? やっぱり私の生の仕草があってこそ気づいたのかー!」


「まあ……そんな感じだ」


 実際、そうなのだ。僕とみかんを一緒に学校に行けるようにしてくれようとしたり、朝もしっかりと自分で起きて手伝いもしてくれるし、それに、改めて見れば、花凛は、より一層魅力的になっているような気もするのだ。まあそれをいちいち言うと気持ち悪い兄みたいな扱いを受けそうだから言わないけど。


「……縄跳びはなんで練習してるんだ?」


 代わりに僕は縄跳びの話題を花凛に振った。


「それはね、縄跳びダンスを学校のダンスクラブでやるからだよ」


「なるほど……難しそうだな」


「うん。縄跳びの難しい技と組み合わせたりするから。でもね、一万しゅっしゅっくらい楽しい!」


 そう言う花凛は生き生きとしていた。で、日付が変わったら、しゅっしゅっが単位化してた。


 花凛が成長したように感じる理由の一つは、熱中できるものがみつかったからかもしれない。もちろん雰囲気が少し大人っぽくなったのもあるかもしれないけど。


 僕も、お子様ランチという、極めたいと思うものに出会うことができた。今日も放課後料理部に行くのが楽しみで仕方ない。


 美味しいお子様ランチを食べた子どものようで、やっぱり笑うとあどけない花凛につられ、僕も笑顔になった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る