終わりの星と少女の楽園

前世の記憶

 母親の産道を潜り抜けた時、私は再びこの世に舞い戻ったのだと確信した。財団の幹部だった私は老いて死ぬそのときまで世界の平和維持及び発展に全力を尽くした。幼少期に事件に巻き込まれ才能を発見され、後は成り行きだ。


 実に九十年以上に渡り人類絶滅を阻止してきた。勿論仕事に使命もあったし、地球人類の為になっている誇りもあった。だがいささかハードな業務だったのは違いない。これは恐らく財団の祝福だ。人生のほぼ全てを人類に捧げた私に私のためだけに人生を使うように前世の記憶を持たせて生まれさせたのだ。私は自信の才能を隠しつつ、ただ自分のためだけに生きることに決めた。


 幸いにして財団は完璧な組織だ。私が居なくても崩壊のシナリオは阻止できるだろうし、芽は早々に摘むだろう。私は齢十二歳にして世界の安泰を喜んでいた。


 財団は一般に知られてはいないものの世界的な権力を持った組織であり、その活動内容は人類の絶滅、地球の崩壊を防ぐことだ。

 しかし戦争や通常の災害に対応するわけではない。目的は種の保存と星の維持にのみある。人類を滅ぼしかねない兵器の作成――核爆弾の製造こそ許したものの――反螺旋連鎖反応などといった殺戮兵器は公表を許さず設計図ごと葬りさった。その他の兵器も財団が手を出さなければ恐ろしいことが起きていただろうが、一番だったのは太陽系がブラックホールに変わっていてもおかしくはないあれだろう。

 つまりは星そのものを爆弾にする研究である。最終的には我々の母星で実行するつもりだったようだが、周辺を漂う衛星を研究している段階で白紙にした。研究に関わった人間は全て破棄し、国の大統領はその後すぐに辞任した。現在どこで何をしているのは国民も含め誰も知らない。

 私の管轄ではなかったが人工ウイルスでパンデミックが発生しかけた時もウイルスの遺伝子情報に介入し死亡率を高めることで終息させたそうだ。周辺地域は灰塵に帰した。数年後には家も木々も人々も元通りにしたらしい。

 とまあ、財団こそが星を殺そうとしたならば一瞬で事が済むのだろう、という確信がある。だからこそこの星は永遠に安全だ。財団が対応できない事態は存在しない。外宇宙からの超科学文明にも対抗したあの財団だ。


 そして、あの財団が“これ”を放置しているならばつまり、崩壊シナリオとは関係がないということだ。

 私は十八歳となり、その頭脳の十パーセント程を生かして大学でそこそこの地位に着いていた。この時代としては優れてはいたとしても物珍しいわけでもない…そんなポジションだ。振り分けられた部屋のガラスから外を覗く。名前は忘れたが、そこそこ有名な文化系サークルが道端でデモンストレーションをしている。ヘッドセット型のVR機器だ。VRゲームが特に珍しくもなく一旦飽和した現代に置いても突出したモノらしい。詳しくはない。私の興味は別物にのみだった。


「博士はアレ、興味ないんですか?」


 助手の眼鏡が言う。


「ねえな。生憎もっと危ねーもんじゃねえと興奮しなくてなア」


 財団のハードワークにはこりごりだったはずの私だが、危険なものというのは脳からこびりついて離れない麻薬だったらしい。財団から離れても私は結局似たようなことをしている。責任感の無い分こちらの方が楽しくはあったが。


「あはは。相変わらずですね。アレ、セーフティゴリゴリらしいですからね」


「ケッ」


 だが数日後事態は進行した。


「オイ、眼鏡。眼鏡ェ…どこ行きやがった、なア、オイ」


 大学から人が減った。いや、正確には…


「…博士」


「うげ!オイ!角から飛び出るなよ!オイ!眼鏡!勝手に…」


「博士、これどうですか?」


「…ハッ」


 見通しが甘かったのだろうか。助手の眼鏡は虚ろな目と口元だけの笑顔で、手には例のヘッドセットがあった。


「悪いな」


 “アレ”を差し出した手を持ち歩いている釘バットで殴り飛ばす。“アレ”は手から離れ床に転がったが、反応は薄い。殺すか。バットを投げ捨て銃を取り出す。眼鏡は笑顔のままだ。撃つ。銃弾の音が校内に響くが誰も騒ぎもしない。私は部屋に籠っている間に幾分と取り残されたらしい。


「あー…クソ…」


 血まみれで横たわりながらも笑みを浮かべ続ける眼鏡にイラつく。新品のタバコを取り出し、はみ出した内臓に押し付けて血を吸い込ませる。赤く湿ったそれを口に付け、吸いだしてから火を付け、うまく煙を吸えないことを確認してから床に捨てた。


「財団は何をしている?」


 ここまで進行しているのなら最早私の人生など気にしてはいられない。たったの二十年で私の気性は変わらなかった。明らかな崩壊シナリオの発生。財団がするべきは“アレ”が世に出回る前に回収、破壊、関係者の粛正だろう。大学から車を走らせ市街地に出る。研究の関係もあり山の上にある大学はアクセスが悪い。定期的にバスが出ていたはずだが山を下る際一度もすれ違わなかった。バスが止まっている…?本数的に最低でも一度はすれ違うはずなのだ。

 そして市街地は…。


「ん…あれ?」


 想像以上に普通だった。


 コンビニは稼働しているし小走りの会社員、小学校のグラウンドでは子供が走っている。…先走ったか?ティッシュに吸い込ませた血を吸いながら一瞬でも後悔する。大学にいる間は外界の情報収集を怠っていたのは事実。

 どちらにしろあの大学は再構築されるだろう。気付かないうちに解体され、何もかも元通りにされる。それに巻き込まれ別の私に成り代わられる前に脱出をしたのだ。


 突発的な事件発生であったとしても半日もあれば財団の処理は完了する。深夜、私は再び大学に戻ろうとし、取り止めた。

 血が残っている。当面の分として確保した血液が車にそのまま残っていた。財団が処理をすればその物的証拠も元に戻る。財団は何をしている?私は財団の支部へ向かうことにした。


 都のあるビルの地下一階。真ん中に生えている木を近くの階段から時計回りに二周、反時計回りに三周。最後に時計回りに半周と反時計回りに一周と壁に向かって四歩。この手順を踏むことでカメラに認識され奥に進むことができる。だが…。


「期待はしていなかった」


 私は既に財団を抜けた身。あちらからすればよくわからない小娘がパスワードを知っていた、ということに過ぎない。もしくは変更されたのか。物理的なものに頼らないためにパスワードだったはずだが…。いや…そもそも指紋と虹彩も認証していたか?とんだ無駄足だった。機密の漏洩も考えられる。何か喋ろうものなら消されてもおかしくはない。まだ一部地域にしろ重大事件は発生している…はずだ。


 私は財団支部を見切りをつけ自分で作った基地に向かうことにした。そこそこの地位というのはそこそこの金が入ってくるもので、つまり私は個人でシェルターを所持していた。自給自足すら可能な完全施設だ。まず無駄だとはわかっていたものの監視ドローンを大学に向けて飛ばした。財団が動けば破壊されこちらも対象にされる可能性があるが、そのリスクは受け入れる。

 私が大学を出て丸二日が経過していた…現場はそのままであった。そんなことがあるのか。誰も気付いていないのか。財団が動くと確信し暴れたのはまずかっただろうか。いや…ここまで放置されている以上関係ない。

 忙しなく移動していて調べる事ができていなかった。回収していた例のヘッドセットを取り出す。一度殴り付けているので傷こそついているがほぼ問題ないだろう。装着する気はない。私の直感からしてそれで詰むと感じた。外の情報も取り入れつつ解析を進める。

 外については…かなりまずい状況だ。あの大学で以上に取り扱われていた“アレ”は裏から大量に流れていた…というよりも直接あそこで製造していたのかもしれない。数日前まではそこそこ面倒な手順でしか入手できないものだったはずだが、いつの間にか市民権を得ている。家電量販店、おもちゃ屋で飛ぶように売れているそうだ。夕方のニュースでも特集を組み宣伝に一役買っている。異常な中毒性を生むVRゲーム…といったところだ。眼鏡を見るに人格を蝕み…他人にも共用させようとする。販売元…いや開発者は何が目的だ?財団はこういったシナリオの場合早期に目を摘むことで解決している。私に進行中のシナリオを絶ち切る経験はなかった。だが間に合う。財団がここまで放置しているのは明らかに……。

 嫌な予感が私の中に走った。まさか、既に財団は……。最終手段として用意していた財団の秘匿回線に割り込み、信号を送った。反応は無し。あれの性質としてそんなことはあり得ない。閲覧しただけでも微弱な波は発生する。…財団は機能を果たしていない。そんなことが…あっていいのか…?財団とは縁が切れた状態で流石に国外の支部にアクセスは出来なかった。財団に関して私が得られる情報はこれ以上私には存在しない。


「私が…星を、種を保存してみせる」


 体液を渇望して仕方の無い舌に誓った。


 財団の干渉は無いと確信した今、監視ドローンはフル活用することができた。“アレ”を手にさ迷うもの、一部壊れた“アレ”をつけ若干の理性を保ちつつ人を追うもの、“アレ”をつけ死んだように眠るもの。汚染された人間の方が目立つ。正常な人間にしたって、そもそもの問題として外を出歩く人間が少なすぎる。こんな世の中でも仕事だの学校だのとご苦労なことだが。これを見るに政府やその他の権力を持った人間は迅速に取り込んだのだろう。

 だが世に不安を覚え始めた人間はいる。まずはそいつらの確保だ。監視ドローンに通話機能をつけ、道行く学生を勧誘した。記念すべき第一保護対象だ。…だが予想より多く引き連れてきた。


『多いな』


「うちのクラスの残りです。他は…休んでて」


『成る程、大分少ない』


 いきなり八人か、とは思ったものの四十人の方が困る。


『歓迎しよう。私がこの地を人の手に取り戻してみせる』


 彼らは安全と引き換えに施設の清掃と食料の調達を頼むことにした。私は部屋から出ない。彼らと会うのはリスクが高い。指示は全てアナウンス越しに出した。ヘッドセットは恐ろしい機械なのだろうが大きさは弱点だろう。さらに言えば持ち物検査をすれば持ち込まれることはない。念には念を、としてこの部屋には誰も近寄らせず、私がどこにいるのか知る人間はいない。私も部屋から出る気は無かった。設計のコンセプトからしてそもそもそういった作りになっている。この部屋にコンベアで運ばれてくるもので全て完結できる。自由に動ける生きた人間はこの部屋に入ることはできない。センサー、カメラ…万全の警備を施している。


 ともかく種の保存に関してはクリアだ。財団の科学力がこの手に無い以上原始的な手段にはなる。だがこれでいつの日か外を人間の手に取り戻すことは可能だ。生きていれば必ず。


 …後手に回り過ぎたのは否めない。私以上の天才はもっとうまく立ち回るだろう。苛立って舌を噛んだ。流れる地産地消の唾液とは違った体液が喉を潤す。…落ち着いてきた。…こんな状況でも地道に進めるしかないのだ。

 種の保存計画のみで侵食は終わりかけていた。数の暴力は正義だ。電気の供給が止まった。最後に受信したラジオは「最終暴動」たる事件の解説が始まる瞬間にパーソナリティーが唐突に黙りこくり終わった。状況は完全に絶望的だ。それでも人を選び勧誘を続け施設には限界集落の村程度の人間が集まった。スペースは余っている。外界についても壁を広げ少しずつ安全エリアを増やしている。


 知能が薄くなった彼らに軽い偽装をすればそのまま引き返す。隙があれば鹵獲するよう指示を出し、何匹か被験者を解剖することができた。一度でも“アレ”を装着した者は依存し、それだけでなく脳の構造を換えられていた。…保護した彼らが噂する解毒薬、という方法は無理だ。麻薬中毒者に対する処置と同様のことをすれば治るかもしれないが…意味はないだろう。似たような機械を作り脳を元のような形に変える…これが近いだろうか。


 範囲を伸ばし正常な人間を施設に吸収していったが、大分打ち止めになってきたころだった。対抗装置の開発は少しずつ進んでいた。


「…久しぶりだな、まともな人間は」


 外部のカメラに少女が写っている。砂にまみれ、大分遠い道のりを進んできたのだろう。


「はあ…はあ……あの、ここに人がいるって…聞いて」


『ああ…その通りだ。遠路はるばるお疲れ様。すまないが中に入る前に身体検査だけさせてくれ』


「はあ…は…はい…構いません。食料も多少ならあります。お役にたてると」


『そうかい。でもそれは君が持ってなさい。うちはその辺に関しては問題ない』


「すごい…ですね。こんな時に安全地帯に食料も万全なんて」


『私はどうしてもこれを解決しなくちゃいけないからね。あそこのボックスに入ってもらっても?カメラがついていくけど見ているのは私だから。録画は…しているけど他人にみせることはないよ』


「は…はあ…わかり…ました」


 身体検査も持ち物検査も問題なかった。人体改造でお腹が開くなんてこともない。“アレ”の持ち込みは不可能だ。何より彼女の目には意思の光が宿っているように感じた。財団の人間はみなあのような目をしていた記憶がある。彼女も私の同類かもしれない、という期待があった。


 送られてきた正気を失った人間に使い道が無くなったので使い潰していた時、私へのコールが鳴り響いた。数少ない楽しみの時間を潰されたことに苛立った私はそれを隠そうともさずに応答した。


『…何だ』


「司教!出入口にあいつらが!しゅ、集団で襲ってきてます!」


 は、は…は?いつの間にか宗教のトップに祭り上げられていたのは今更良い。何故だ…?モニターを外のカメラに設定する。そこには大量の人間。例外もなく全員が“アレ”を付けている。


「司教ッ!どうしますか!」


「司教!ドアを開け打って出ます!」


「馬鹿か!やめろ!」


『ドアを開けるなッバカ共!黙ってろグズ共がァッ!』


 対人殲滅装備を入口外に展開、例外もなく撃ち殺す。だが上から下に向けて固定しているため射程が酷く短い。射程を広くすると撃ち漏らすためだが…人数が想像より多かった。…さっきの女か。からくりは何だっていい。あれが手引きしたのは間違いない。


『館内のグズ共に告げる!今日ここに入った女ァ…あいつの四肢をはねておけェ!捕まえたらば厳重に拘束、拷問器にでもかけろ!暫くしたら私に送れ!いいなァ!…オイ、返事!』


 施設内に返事が響く。それでいい…それでいいんだ。脳の血管が焼き切れそうになった私は特製の反螺旋爆弾を外にバラ巻いた。建物が揺れる。反螺旋連鎖反応を想定して設計したものではなかったが…財団が機能していない以上作るべきだと思い用意していた。


「アハハ…ハハッ」


 反螺旋連鎖反応…財団によって世界から抹消されたこの研究の一番危険だったことは「再現が容易」だったことによる。式さえわかっていれば一桁の子供でも簡単に起こせる。内容はともかく、起きる現象は…拡大を続ける。気体では連鎖が弱いものの、液体と固体に関しては連鎖の力が強まる。物が密集している場所でこの反応を起こした場合山火事の要領で尚且つもの凄いスピードで辺りが灰塵と帰す。

 まさに人類が発見してはいけなかったものであり…今の状況に最適だ。外部カメラはぶっ壊れたが最後の瞬間に人間が螺切れ、血が迸りそれすらも螺旋状に呑まれていく姿が映され、私は満足した。少しは溜飲が下がったってものだ。建物も…おそらくは外壁を削られただけだろう。二回目には耐えられない。私の知りうる上で最も固く反螺旋連鎖反応に比較的強い金属でコーティングしていた。…強い、といっても一回中のものを守れるだけだ。役には立たない。


「へえー、これが異世界の知識かあー。ごちそうさまです」


「…あ?」


 私の机の上に女が立ち、見下ろしている。口をもごもごと動かし食べているのはたい焼きだった。


「テメエ!」


 掴みかかろうとするが軽やかに交わされる。


「ふふ、流石。野蛮だなあ」


「黙れ…貴様、何のつもりだ?何故種の保存に抵抗する」


 袖もとに隠していた銃で心臓と脳天を狙う。かわされる。女はひらひらと躍りながら会話を続ける。


「あなたは…下等生物の中でも少しだけ特別。だから直接徴収しに来たの」


「死ねェ!」


 床に座り壁に仕込んでいたギミックを発動。全方位から刃物を飛ばす。に軌道がずれる。血が一滴も流れずに全ての刃物が壁に突き刺さる。


「自分がどこにいてもいいようにセーフゾーンを三ヶ所作ったでしょ?そんなことも忘れたの?」


「オメ…オイ…なんなんだテメエ…」


「なんだと言われても。うーん。完全な世界のために下等生物の改宗を。ほら私って天才だから。そうやって座ったままってことはもう満足に動けないんでしょ?」


「あァ…?メんどくせえんだよ…なんなんだテメ…メ…」


「あなたは苛めたほうが楽しそう。少しずつにしてあげる。まずはねー…あなたが前世の記憶、だと思ってるのは実はなのです!」


「メ……」


「驚いて声も出ない感じ?そう!この世にのでしたー!ぱちぱち!残念でした!」


「………」


「まだ目に意思を感じる。うんうん。手に取るようにあなたのことはわかるよ。だってあなたはわたしと同じだから。わたしはあなたと同じじゃないけどね」


「ここで質問タイム!なんでも答えてあげる。こんなチャンス全然無いと思うよ?」


「また一つ、世界に逃げ場なんて無いことが証明された」


「やっぱり財団のことかな?財団はねー、ここよりもっと危ない似た世界にしか存在しないんだ」


「あの大きい装置だけが全てだとでも?当然次世代機が存在するでしょう」


「毎日のように宇宙人が攻めてくるなんてよくやるよね。海が唐突に割れて地下都市が浮上とか突然変異の人間が建国宣言とか…私ならごめんだよね」


「新システムは完璧。これからも役に立ってくれる」


「あ、でも反螺旋連鎖反応だっけ?あれはありがとね。あなたがあれを作り上げたことでこの世界でも存在できるようになったみたい。多分私がやってもうまくいかなかったんだよね」


「反螺旋連鎖反応があればシステムは更に先に進める」


「サーバーすらも異世界の技術で未知の領域に」


「よいしょ、失礼しまーす。ごめんね、口が足りないって私に言われて。あまり好きじゃないんだけどこれの利点はこれだしさ。わかる?あっわかる?だよね」


「総勢百二十七の連結機構」


「話を途切れさせないで私。今感謝してるところだったんだから」


「呼んだのは私でしょ?言いがかりはやめてほしいんだけど」


「…端末が偉そうにしないでよね。まだ試作段階なんだから。面倒だから任せてるの。いい?」


「はいはい、私。ええと、なんだっけ。反螺旋連鎖反応!あれはいいね。私だったらあれはあそこに――――」


 は…はは。乾いた笑いしか出てこなかった。現実にはそれすら出なかった。なんだこの状況は。この、財団で一世紀近く人類を守り続け幹部に登り詰めた私が、状況を理解できていない――。今日侵入してきた女が目の前に現れた。百歩譲ってまあいいだろう。だがギリギリ反応できたのはここまでだ。その女と調のはなんだ。それは再現なく増えていき、私は保護した人間、百人超に囲まれていた。全員が全員、同じ口調で喋る。どこかから滴る血を舐めようとして舌が動かなかった。…ああ。そして、あの女と同じ口調で喋るのは――


「私、世界で一番のお姫様だって知ってるから何でもできちゃうの」


 ――。最早目と脳の一部しか私が私である部分は存在していなかった。ただただそこには、恐怖だけが渦巻いていた。


「知りたかったのはこんなところかなー?」「そういえばあなたの…」「あれ。もう負けちゃった?」「まあ徴収は済んだし」「とっくに用は無かったんだけど」「私たちと」「これからも」「よろしくね?」「は」「か」「せ」「ちゃ」「ん♡」


 ありがとう。嬉しい。ありがとう。感謝を。あなたに出会えてよかった。ありがとう。光栄だ。あなたの回路になる栄誉を。世界のために。ありがとう。あなたたちのために。星を。ありがとう。世界を。ありがとう。逃げ去った旧人類に。下等生物に。ありがとう。ありがとう。連結機構に。ありがとう。万歳。ありがとう。ありがとう。わたしたちクラスタには純粋な喜びと使命感が無限に増大し続けていた。わたしたちクラスタは主神たるあなたたちわたしたちを爆心地から見えなくなるまで見送った。――わたしたちを解放してくれてありがとう。

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終わりの星と少女の楽園 @rinzaki_

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