第43話 神野恵の物語

 スペースコロニー『ラストリゾート』。制御室。

「と、こうして神野恵の平凡な人生は終わり、波乱に満ちた人生が始まったわけだ。これがアーカイブには残っていない、私だけが知っている神野恵の最初の物語だよ」

「なるほど。そしてその物語の最先端にいるのが貴方なのだな、ジンノ博士」

 制御室は広く、がらんとした空間だった。

 楕円形の室内にあるのは腰の高さの制御コンソールだけ。

 壁の半分を占める巨大なモニターには、コロニー内の環境設定、外の惑星の周回軌道データ、そして実際にカメラが捉えている宇宙空間の様子が映し出されている。

 そして、その室内にいる人間は一人だけ。

 白衣を纏った、やや癖のある黒髪を持った青年だけだった。

 ジンノ博士と何者かに呼ばれた青年は、巨大モニターに対して楽しそうに応える。

「まぁ、そうなるね。私にご先祖様のような偉業が成せるとは思えないけどね。で、どうだった? アルジャーノン」

「質問の意図が不明瞭だ。君が何に関するどのような情報を求めているかが不明である」

「それはもちろん、一億三千年の時間旅行の感想さ! 実際にその目で色々見てきたんだろう?」

「その目、という言い方は不適当だと判断する。AIにとっての目とはカメラであり、私にとってのそれはこの船内にある千台余りの設備だ」

「わかった、わかったよ。相変わらず融通が利かないねぇ、君は」

「ふむ。だが・・・・・・」

 そこでスピーカーからの合成音声が少し止まる。

 まるでAIであるアルジャーノンが、言い淀んでいるかのように。

「神野恵に、私が人間らしい、と言われたことがあった。あの言葉はとても、・・・・・・印象に残っている」

「・・・・・・へぇ、それはそれは」

 ジンノ博士は心底から嬉しそうに、子供の成長を見た父親のような、朗らかな笑顔を浮かべた。

「じゃあ、その気持ちを忘れないうちに次のミッションへ向かってくれ!」

「私に忘れるという機能は無いが、次のミッションとは?」

「うん。次は西暦二〇一七年五月二日、地球、日本、彩田間県上原江市の――」

「ちょっと待ってくれ。まさかとは思うが」

「その通り! あれから一週間後の神野恵の下へ再度赴き、彼の危機を救ってくれ!」

「・・・・・・あんな別れ方をした後に、か。なるほど、これが気まずいという感情か・・・・・・」


 モニターに各工程クリアの表示がされ、アルジャーノンの旅立ちを見送ったジンノ博士。

 一人きりであることを確認し、懐から小型端末を取り出す。

 端末が表示するのは立体ではない平面の画像データ。そこには二人の人物が映っている。

 中学校の制服を着た神野恵と飯野美智。二人の手には卒業証書を入れた筒がある。

 恵の腕に抱きつきカメラに笑顔を向けている美智。

「・・・・・・頼むぜ、相棒。俺を助けて、あの邪神を止めてくれ」

 殺風景な制御室内で、かつて神野恵という名の少年だった青年が、たった一人呟くのだった。


 END

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神様からのプレゼント 沖見 幕人 @tokku03

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ