第42話 神様からのプレゼント

 四月二十五日。

 目を覚ました恵は、ベッド脇の窓へ振り返りカーテンを開ける。眩しい朝日に一瞬目が眩む。

 瞬きを繰り返して目を慣らしてから、窓の外、朝の住宅街とその先の街並みを見渡す。

「・・・・・・おはよう。それから、ただいま」

 一階部分の屋根を見下ろし、そして確信を持って声を掛ける。

「アルジャーノン。いるんだろ?」

 屋根をよじ登って現れた白猫。

 アルジャーノンは恵の見つめていた地点で立ち止まり、背筋を伸ばして座る。

「ああ、いるとも。聞きたいことがあるのだろう?」

「最初のループ。黒川さんが死んでると思って、俺が逃げ出した日。あの時のループは黒川さんが原因じゃないよな?」

「その通り。あの時間軸でのループの原因は、君だ。神野恵」

「やっぱり。黒川さんにあの日の記憶は無かったから、おかしいと思ってたんだ」

「あの日君は、翌日学校で自分が犯人扱いされることを恐れていた。明日なんて来なければいい、と思うほどに」

「ああ、そうだよ。その気持ちを未来人に利用されたんだな。で、誰に?」

「私だ」

 あっけなく言われた真相に、恵はとっさに言葉が出なかった。

「・・・・・・どうして?」

「必要なことだったからだ」

「い、いや、わかんないって。もっと詳しく話してくれよ」

 そう言われ、しかし白猫は即座に答えず、まるで悩んでいるかのように顔を俯かせた。

「・・・・・・これ以上は、説明できない。制限情報だ。だが、我々の時代につながる欠かせない要素として、あの日、君にループしてもらう必要があった」

「お前たちの時代・・・・・・?」

「私に言えるのはここまでだ。そして、この事実を説明したことでこの時間軸における私の目的は全て達成された」

 白猫は四肢を立たせ、恵に背中を向ける。

「・・・・・・これで、本当にお別れだ」

「そっか。・・・・・・えっと、元気でな」

「ああ、君も」

 屋根を飛び降りて、白猫の姿は見えなくなった。

 窓辺に乗り出して地面を見ても、どこにも見当たらなかった。

「・・・・・・ありがとなー! 相棒ー!」

 恵の声は朝の街に響き渡った。

 遠くで猫の鳴き声が聞こえた気がした。


 通学路の途中、恵は美智に遭遇した。

「おっはよ、神野くん♪」

「・・・・・・おはようございます、神様」

「も~、なに? その嫌そうな顔~」

「ははは俺の気持ちがわかるなんてさすが神様それじゃ」

「こらこら、置いてかないでよ~。あと、他の子たちの前で私を神様扱いしない方がいいよ? 恥ずかしいことになるのは神野くんなんだから」

「うぐっ・・・・・・」

 恵と美智は並んで歩く。

 その先にある角を曲がれば校門があるのに、何故か周囲には誰もいない。

「人払いするってことは、何か話があるんだろ?」

「え~? 神野くんと二人っきりで登校したいだけだよ~」

「用が無いなら先行くぞ」

「わかった、わかったってば。も~、神野くん、私にだけ当たりきつくない?」

「ん。あー、確かに。なんでだ?」

「好きな子ほどいじめたくなっちゃうタイプ?」

「違うよ。で、話は?」

 恵は歩きながら横目で美智を窺う。

 彼女は大人びた、何かを企んでいるようにも見える微笑みを浮かべている。

「アルジャーノンくんから話を聞いたでしょ? 君がループすることは必要だった、って」

「ああ、それが?」

「今回のことで君は未来人の存在、そして時間を操る技術を知った。大人になった君はその経験から時間流やそれにまつわる技術の研究をすることになって、やがて君の研究を基礎にして、少し先の未来で時間移動の技術が確立される」

「・・・・・・はぁ?」

「つまり、君は未来の世界で偉大な人物として歴史に残ってるわけなんだよ。それはもう、悪い人たちが消しに来るくらい」

「・・・・・・ちょ、ちょっと待てよ。それもお前が仕組んだんだろ? 俺、これからどうなるんだ?」

「私、未来のことは見ないようにしてるんだ~。先の展開がわかったら面白くないでしょ?」

「お、おい、ふざけんなよ」

 美智は軽やかに踏み出し、恵の前で振り返って、満面の笑みを浮かべる。

「これも神様からの素敵なプレゼントだと思って、諦めてね♪」

「この邪神がぁぁぁぁぁっ!!」

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