第36話 ~八回目~ 恵の作戦

 それから、恵は休み時間の度に雫を連れて教室中の生徒と話をした。

 始めは恵と同じ小学校出身の生徒と話し、一緒にいた生徒から別の生徒を紹介してもらって話しかける。

 それを繰り返してクラスのほぼ全員と話すことができた。

 雫にとってはどの生徒ともこれが最初の会話に近かったので、話題は自己紹介で終始した。

「オレ、サッカー部に入ってるんだ。ゴールデンウィークに練習試合やるから、良かったら見に来てよ」

「は、はい。い、行ってみます」

 恵には内心不安があったが、クラスメイトたちはみな雫に好意的で、これといった波風も無く和やかな雰囲気で話ができていた。

「アタシ『レディモ』が好きでさー! あ、知ってる? 『レディオモンスター』ってバンドなんだけど、歌めっちゃかっこよくてメンバーもみんなイケメンでチョーヤバいの!」

「は、はいっ。今度、聞いて、みます」

 中には、雫に興味を持っていた者もいた。話しかけるきっかけが無かったようだ。

「わたし、本読むのが好きで・・・・・・。黒川さんっていつも教室で本を読んでたから、ずっと話がしてみたかったんだ」

「あ、そ、そう、だったんですか・・・・・・。あの、よ、よろしくお願い、します・・・・・・」

 朝のひと騒動を見ていた生徒は、恵と雫の仲を勘ぐってからかってきたりもした。

「黒川さんって神野くんと付き合ってんの~?」

「えっ!? いっ、いえっ! ちがっ、違いますっ」

「そうなの~? でも、なんかカッコよかったよね~」

「あーたしかにー。あんなハッキリ言われちゃったら、ちょっとキュンとくるよねー」

「えっ!? 神野くんに、キュンとしたんですか・・・・・・?」

「だ~いじょぶだいじょぶ。取ったりしないから~。神野くんは~黒川さんの王子様だもんね~」

「やっぱ黒川さん的には、神野くんのあーゆーとこがよかったのー?」

「あぅ、えっと・・・・・・、あぅぅ・・・・・・」

(うん、作戦は思ってたより順調だ。アルジャーノンのおかげだな)


 これは昨夜のうちに恵が立てた作戦だった。

 昨夜、恵は自身の部屋でアルジャーノンと和解し、この作戦を白猫に話したのだ。

「黒川さんがループを起こしてる理由は、一人ぼっちの毎日がつらかったからなんだ。だから、あの子に友達を作る。俺が友達になるだけじゃループを楽しんじゃうから、他にもたくさん友達を作らせて、それで、・・・・・・明日が来るのを楽しみにしてもらいたい」

 アルジャーノンはすぐに答えず数秒の間沈黙していたが、やがてまっすぐに恵を見つめて、深く頷いた。

「・・・・・・ふむ、良い案だと判断する。現在の状況と黒川雫が抱える問題を解決するには、非常に効果的だろう」

 恵は大きく息を吐きだした。アルジャーノンの太鼓判を得て、知らず緊張していた身体がほぐれていった。

「そ、そっかぁ。よかったぁ・・・・・・」

「それで、君は私にどんな助力を求めているのかな?」

「それなんだけど、アルジャーノンは他にもいくつか別の身体があるって言ってたよな?」

「そうだ。この時間軸には現在、この個体を含めて五体の私が存在する。必要に応じてその数を増減させることもできる」

「それは助かる! だったら、うちのクラス三十人の趣味とか好き嫌いを調べてほしい」

「ほう?」

 白猫は恵を見上げたまま小首を傾げた。

 アルジャーノンの珍しい反応に自分の説明不足を察して恵は続ける。

「黒川さんに友達を作ってもらうために、まずはうちのクラスのヤツらと話をさせたいんだ。最初は俺が話しかける感じでさ。でも俺だって皆のこと何でも知ってるわけじゃない。相手の好きな話題、嫌いな話題を知って、できるだけ上手く話を繋げたいんだ」

「なるほど、把握した。そして了解した。少し待て」

 そう言ってアルジャーノンは目を閉じ、先ほどの沈黙よりも短い時間で再び目を開けた。

「完了した」

「えっ!? 完了って、三十人分の調査が? 今の一瞬で?」

「ああ。私の個体数を三十体に増やし、彼らの生活態度とこの時代の文化を参照して、おおよそではあるがそれぞれの情報を得た」

「す、すげえ・・・・・・。マジ優秀なお助けキャラだな・・・・・・」

 こうしてクラスメイトの好き嫌いを知った恵は、彼ら彼女らが話しやすい話題を振って、雫へと繋げてるという作戦を採用したのだった。

「・・・・・・あともう一つ、あの未来人なんだけど」

「ああ、それなら││」


 昼休み。

 給食を片付けた恵は雫とともに、自分の席で健一を含む友人数人と話をしていた。

 そこへ学級委員の美智が声をかけてきた。

「ねぇ、神野くん。ちょっといい?」

「え? あ、飯野? なに?」

 恵が振り向いた先には、美智の委員長然とした微笑み。

 あの電車内での異常な雰囲気は微塵も感じられなかった。

「次、音楽なんだけど、先生から人数分の楽譜を音楽室に運ぶの頼まれてて・・・・・・、手伝ってもらえないかな?」

(来た)

「ああ、別にいいよ。あ、そうだ」

 恵は傍らに立つ雫に振り返る。

「黒川さんも手伝ってくれない? 多分、人数が多い方がいいかもだし」

「え? わ、私?」

 突然話を振られて固まった雫に、美智がにこやかに身を乗り出す。

「それ助かる! お願いできるかな? 黒川さん」

「あ、う、うん・・・・・・。神野くんと、一緒なら・・・・・・」

 言質をとったとばかりに美智は雫の手を取り、彼女を引っ張って歩いていった。

「よかった! それじゃ二人とも一緒に来て。音楽準備室ね」

「あっ、あっ、待って、引っぱらないで・・・・・・。じ、神野く~ん」

 雫の助けを呼ぶ声に小さく笑みを浮かべて、恵も二人の後を追って教室を出ていった。

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