第35話 ~八回目~ いつもと違う彼

 上原江第一中学校。昇降口。

「今日は学校で過ごしてみよう」

「・・・・・・え?」

 恵の下駄箱前で待っていた雫に、彼女の機先を制する形で恵が言った。

「ちょっと考えたことがあって。詳しいことは休み時間に話すから、とりあえず教室に行こう」

「え、あ、でも・・・・・・」

 雫は狼狽えた様子を見せる。

「あ、あの、私・・・・・・」

 恵の袖を摘まみ、不安を表すように彼の顔を覗き見る雫。

(うぅ、ごめん黒川さん。でも、ここで引いたら作戦が進まないんだ。えっと、こういう時、主人公なら・・・・・・)

 恵は雫の手を取って、しっかり彼女と目を合わせた。

 そして精一杯の優しい笑顔。

 彼女の不安を取り除きたい、という気持ちを込めて。

「大丈夫。ちゃんと俺がそばにいるから」

「・・・・・・わ、わぁ。はい・・・・・・」

 雫は耳まで真っ赤になって固まってしまった。

(い、今のはちょっとキザだったかな・・・・・・)

 教室へ一緒に向かう間、恵の後ろで雫は赤くなった頬を両手で押さえ続けていた。

 恵は彼女のその様子に気づいていなかったが、彼もまた気恥ずかしさに包まれ、雫の顔を見られなかった。


 一年C組の教室に入る恵。そして雫。

 クラスメイトはまだまばらな中、自分の席の前にはすでに友人、健一が座っていた。

「はよー、じんじんー」

「おーす、けんち。今日は早いじゃん」

「いやー、実は寝ないでそのまま・・・・・・、って、およよ?」

 軽快な朝の挨拶をして話を始めようとした健一だったが、途中で言葉が途切れた。

 恵の後ろに隠れるようにして立つ雫に目を丸くしたのだ。

「あれ? 黒川さん? えっと、・・・・・・おはよう?」

「・・・・・・あ、あの。あぅぅ・・・・・・」

 恵の後ろで縮こまるばかりの雫。

 そんな彼女を勇気づけるように、恵は優しく肩を叩く。

「黒川さん、大丈夫。とりあえず挨拶しよ」

 雫はおっかなびっくりとした様子で、恵と教室の床を交互に見て、俯いた顔を更に俯かせる形で頭を下げた。

「・・・・・・お、おはよう、ございます」

「あ、はい。おはよう、ございます・・・・・・」

 彼女の声は消え入りそうな小ささだったが、健一の耳には届いたようだった。

 だが健一は状況が飲み込めず、恵に戸惑いの視線を向ける。

「えっと・・・・・・、どゆこと?」

 恵は堂々と、教室の誰もに聞こえるようはっきりと答えた。

「黒川さんと俺、友達になったからさ。けんちにも紹介しとこうと思って」

「は?」

「えっ!?」

 恵の唐突な宣言に健一と雫が揃って驚きの声を上げた。

「え、なんか黒川さんも驚いてるんだけど」

「あっ、あのっ、神野くんっ。きゅ、急にそんな」

「あれ? 昨日、俺のこと友達だと思ってるって言ってくれてたよね?」

「そ、そうだけど、こんな、他の人が見てる前で」

 雫は恵の袖を摘まんで小さく振る。

 彼女にとっては抗議のつもりだったようだが、その様子はまるで子供が駄々をこねているようにしか見えなかった。

「別に恥ずかしいことじゃないじゃん? 普通に友達同士を会わせただけだし」

「そうだけどっ、そうだけどっ」

「あはは、黒川さんひょっとして怒ってる? かわいー」

「か、かわっ・・・・・・!? むぅ~っ! むぅ~っ!」

 顔を真っ赤にして小さく恵を叩き続ける雫。

 彼女の可愛らしい暴力を受けて楽しそうに笑う恵。

 しばらくの間健一は目の前の光景を唖然として見ていたが、やがて小さく笑い、両手の平を上に向けて肩をすくめる動きをした。

「・・・・・・で? 俺はいつまでこのイチャイチャパラダイスを見続ければいいのかな?」

 恵は楽しそうな笑顔のまま、友人の誤解を訂正する。

「いやいや、イチャイチャなんかしてねーよ。普通に友達だって」

「えー? どう見てもバカップルにしか見えないんですけどー」

「そんなことねーって。ねぇ? 黒川さん?」

「ふぇっ!? あ、あの・・・・・・、はい・・・・・・」

「ほらな?」

「はいはい、爆発しろ爆発しろ」

「あはは。まぁ、さっきも言ったけど黒川さんと友達になったからさ、けんちも仲良くしてよ」

「んー。まぁいいけどね」

 健一はいつも通りの空気に戻り、自然な微笑を浮かべて雫に向き直った。

「よろしくね、黒川さん」

「は、はい。よろしく、お願いします。常磐くん・・・・・・」

 雫は訳が分からない様子で狼狽えてばかりだった。

(まぁ、最初はこんな感じでいいかな。一人目をけんちにして正解だった。多少強引でも話をつなげられるしな)

 雫は恵に顔を寄せ、小声で問いかける。

「じ、神野くん。こ、これなに? どういうこと?」

「黒川さんに友達作ろう大作戦」

「な、なにそれ・・・・・・」

「二人で遊ぶのも楽しいけどさ、他の人とも遊べばもっと楽しいと思うんだ。だから、今日は学校で色んな人と話すんだよ」

「で、でも・・・・・・」

「黒川さん、言ってたでしょ? 友達が欲しかったって」

「・・・・・・うん」

「大丈夫だよ。まずは話すことから始めよう。困ったら俺が助けるから」

「・・・・・・・・・・・・」

 恵の袖を、雫の小さな手が摘まんだ。

 下から見上げる彼女の瞳は不安そうに潤んでいたが、彼女は恵の提案を拒絶はしなかった。

「・・・・・・ちゃんと、そばにいてね?」

「うん、任せて」

 恵は自分の席に着き、これまで通り、健一と記憶にある通りの会話を始めた。

 雫はカバンを手にしたまま恵たちのそばに立ち、二人の会話にひっそりと交ざっていた。

 自分からは話さなかったが、時折恵が話を振って何か返す、といった形で参加していた。

(この調子で他のヤツらとも話させて、慣れてもらう。男子だろうが女子だろうがとりあえず話して、そう、きっかけを作る)

 教室にクラスメイトが増えてきて、段々と賑やかになっていった。恵の他の友人もやって来て、健一と同様に紹介をし、時間を過ごしていった。

(俺が、黒川さんの友達作りのためのきっかけを作るんだ)

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