第34話 ~八回目~ 覚悟

 午前七時。四月二十四日。八度目。

 制服に着替えた恵は窓の外を見た。

 薄く開いた隙間の向こう、朝の光を浴びて毛並みを輝かせる白猫がいる。

「なぁ、アルジャーノン。本当に大丈夫かな?」

「質問の意図が不明瞭だ。大丈夫とは何を指して、そしてどのような結果をもって君は満足するのだろうか?」

 白猫の機械的な返事に、恵は思わず噴き出した。

「・・・・・・ぷっ、ふふっ。相変わらずだな、お前。こんな会話も久しぶりな感じするわ。なんか安心した」

「ふむ。君の情緒にいささか疑問を覚えるが、精神的に安定したのなら喜ばしい」

「ああ、安定した安定した。で、えっと、大丈夫かなってのは、昨日話した作戦は成功するかなってこと。つまり、黒川さんに友達ができて、ループは止められるかな?」

「作戦を全てこなせば、黒川雫に友人ができる確率は極めて高くなると判断する。ループからの脱却については、判断材料に欠ける。これはその場の状況と彼女の心理状態、そして君の行動が大きく影響するからだ」

「うん、任せてくれ。黒川さんのことは、なんとかしてみせる」

 ふと、恵は顔を俯かせた。

「・・・・・・あの未来人は、来るかな?」

「確実に、来るだろう」

「つまり俺を、ループを止めようとする奴を、殺しに、ってこと、だよな・・・・・・」

 恵は手を握りしめた。

 それは恐怖を乗り越えようともがく心の表れであったが、見る者には彼の怯えがはっきりと伝わる姿だ。

「その通りだ。だが」

 白猫は、変わらず感情の見えない声で言った。

「安心しろ、恵。その為の私だ」

 恵はアルジャーノンを見つめた。

 よく見れば真っ白な毛並みには汚れの一つも無く、朝日に煌めく姿は眩しさすら感じるほどだ。

 恵は、この白猫を美しいと感じた。

「は、はははっ・・・・・・! そっか、うん、安心した! ありがとな、アルジャーノン」

「礼には及ばない。作戦はこれからだ」

「ああ。それじゃ、手はず通りに」

「承知した」

 恵はカバンを手に、部屋のドアに手をかける。

 顔を向けないまま、背後の猫に言う。

「頼りにしてるぜ、相棒」

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