第32話 ~七回目~ みちとの遭遇
帰りの電車内。二人だけの車内で隣り合って座る恵と雫。
恵は自分の通学カバンと大量の買い物袋を脇に置き、反対側の肩に雫の頭を乗せていた。
小さな寝息を立てて、雫は穏やかに眠っている。
(遊び疲れたのかな。座ったらすぐに寝ちゃった)
恵はぼんやりと考えていた。
雫が語った悩み、求めていること、自分に出来ること。
(黒川さんは一人でいるのがつらかった。一人ぼっちの明日が来ることが怖かった。だからループを起こした。それを解決する為には、黒川さんに友達ができればいい。それはわかった。けど・・・・・・)
雫の望みを叶えることは簡単だ。恵が彼女の友達になればいい。
しかしそれですぐにループが解消されるわけではない。
(黒川さんが欲しがってるのは友達だ。けど、俺と友達になってもループを楽しんじゃってるんじゃ意味ない。黒川さん自身がループの原因だって言えたらわかってくれるかもしれないけど、それはあの未来人が邪魔するだろうし・・・・・・。ん~・・・・・・)
恵の思考は行き詰った。
自分の考えだけでは先へ進めない。
そんな時、彼はいつも自分の理想像に答えを求めてきた。
(こんな時、物語の主人公ならどうする・・・・・・? 主人公なら、主人公なら・・・・・・)
恵の脳内が霧に包まれだしたその時、車輌間をつなぐ扉が音を立てて開けられた。
思わずそちらを見た恵は、驚愕に口を開けた。
「は・・・・・・、えっ!? なんで!?」
そこに立っていたのは、クラスの学級委員、飯野美智。
恵たちと同じく制服姿でカバンを持ち、いつも通りの委員長然とした眼鏡をかけた彼女がいた。
美智は恵にニヤリと、イタズラっぽく笑いかける。
「いーけないんだー。学校サボって一日遊んじゃって。神野くん、不良だ~♪」
美智は恵たちの方へ近づくと、二人の対面側の座席に腰かけた。
これ見よがしに組まれた美智の足、その白い太ももに恵の目が思わず吸い寄せられた。
美智は眠る雫に視線を向ける。
「黒川さん、すやすや寝ちゃってるね。ふふ、よっぽど楽しかったのかな?」
「い、飯野・・・・・・? なんで、ここに・・・・・・」
「ん~? 気にしないで。学級委員として学校をサボった不良を叱りに来た、とかじゃないから」
それから美智は、恵に視線を移しじっと見つめてきた。
何も言わず微笑みだけを向ける美智に、恵は落ち着かなさを覚えた。
断続的に続くパンタグラフの音だけが車内にあった。
「・・・・・・あ、あのぉ・・・・・・」
「人の気持ちを変えるのって、難しいよね」
「・・・・・・は?」
「いくら本人に、君は可愛い、綺麗だ、って言っても殻に閉じこもってるうちは聞く耳持たないんだよね。お世辞なんかいらないとか、それはアナタが優しいからだよとか、自分にとって都合のいい、ううん、都合の悪い方に受け取っちゃう」
戸惑う恵を無視して、美智は話を続ける。
「自己評価が低いだけならまだいいけど、他人の意見を聞かなくなっちゃったらもう大変。自分の頭の中だけで世界が完結しちゃってるから、どんどんネガティブな方向に落ちていっちゃうんだ」
「・・・・・・ひょっとして、黒川さんのことを言ってる?」
おずおずとした恵の問いかけに、美智はニヤリと笑う。
教室では見たことのない、まるで悪意を見せつけるかのような表情だ。
「さ~あ? どうかな? その子のことでもあるし、他の子のことでもあるよ。一般論だよ、一般論」
「どうすればいいんだ!?」
勢い込んで恵は問い詰める。
彼の中には、ループから抜け出せないことへの恐怖と、なんの打開策も見いだせない焦りが渦巻いていた。
そんな彼の態度など素知らぬ風に、美智はあくまでマイペースだ。
「まぁまぁ落ち着いて。ちゃんと説明するから。・・・・・・えっとね、確かに人の気持ちを変えるのは難しいけど、決して不可能じゃないの。むしろ、結果だけ見たら驚くほど簡単なことで気持ちが変わったりするんだよ」
美智は恵の肩に頭を乗せて眠る雫を指さす。
雫の寝顔は安らかで、うっすらと微笑んでいた。
「例えば、学校をサボって映画観たり買い物したり海に来たりするだけで、今まで寂しそうに俯いてた黒川さんは笑顔を取り戻したり」
「いや、それは・・・・・・」
「例えば、一緒に下校したり、ゲームセンターに行ったり、誰もいない校舎裏で二人っきりの時間を過ごしたり」
「・・・・・・え?」
美智の示した例は前回の『今日』の話だ。巻き戻った時間の情報をなぜ彼女は知っているのか。
美智は恵を指さした。
「例えば、困難な状況に投げ出されて協力せざるを得なくなったり。・・・・・・同じ一日を繰り返す、みたいな」
「っ!」
「なーんて♪ あはは、冗談冗談♪ この前タイムリープもののドラマを観たんだ~」
先ほどまでの露悪的な笑みから一転、無邪気に笑う美智。
恵にはそれが、何かを誤魔化しているようにしか見えなかった。
「・・・・・・飯野。お前も、ループにいるのか・・・・・・?」
「なんのこと? 私はただ、神野くんが困ってそうだから助けてあげたいだけ」
彼に向けられた微笑みも、もはや裏があるようにしか感じられない。
「・・・・・・っ、・・・・・・っ」
恵は懸命に考え、思い切って訊ねた。
「・・・・・・た、たとえばっ、・・・・・・たとえば、今まで友達がいなかった子は、どうすれば救われるの、かな?」
「んー、友達を作ればいいんじゃない?」
「そうじゃなくてっ!」
「ううん。そういうことだよ」
美智は、変わらず微笑を続けている。
「さっきも言ったでしょ? 結果だけ見れば驚くほど簡単なことなんだよ。友達がいなくて寂しい? じゃあ友達を作ればいいんだよ。自分じゃ意味ない? じゃあ他の子に友達になってもらえばいいんだよ」
「そ、そんなことで・・・・・・?」
「難しく考えすぎなんだよ。幸せなんて誰かといればすぐになれちゃう。本当はみんな誰かと繋がりたい。世界って単純なんだよ。だってそういう風に作ったからね」
「は? 今、なんて・・・・・・」
「んー、あとは危ない大人かなー。そういう時は専門家に頼んじゃう方がいいね。火事は消防、犯罪者は警察、未来から来た人には・・・・・・。あはは、このネタはもういいか♪」
「お、お前は・・・・・・」
恵は目の前の少女の言葉に目まいを覚えた。
ただのクラスメイトだと思っていた存在が、急に途方もなく巨大な何かであるように感じられた。
「その子に足りないのは、一歩踏み出す勇気。それだってきっかけさえあれば誰にだって手に入れられるものだよ。そのきっかけは・・・・・・、うん、君が作ってあげたらいいんじゃないかな。そういうの得意でしょ? 主人公って」
「お前は・・・・・・、なんなんだ・・・・・・」
恵の目まいは加速度的に激しくなっていた。もはや目を開けているのも辛いほどに。
ぼやけていく視界の中で、美智は立ち上がったようだ。
輪郭もおぼろげな彼女が近づき、優しく頭を撫でられる感触だけがはっきりと感じられた。
「私はね、神野くん。王道が好き。主人公が困難を乗り越えるのが好き。それから、みんなが笑ってるハッピーエンドが好き」
恵の視界は揺れ続けていた。
すべての輪郭は溶けて、明るいのか暗いのかも分からなかった。
ただ、大いなる者の手の感触と声だけが、明確に存在していた。
「頑張って。君なら出来るよ。なんたって、私の主人公なんだからね」
ブレーキの音とともに車体は減速し、慣性に引かれて身体が揺れた。
「はっ・・・・・・!?」
気がつくと電車は最寄り駅に到着し、扉が開かれていた。
「あ、あれ・・・・・・? 飯野・・・・・・? あ、いや、降りなきゃ!」
大量の買い物袋と寝ぼけまなこの雫を抱えて電車を飛び降りると、計っていたかのようなタイミングで扉が閉まっていく。
「はぁ、はぁ・・・・・・」
走り去っていく車輛を見送りながら、恵はホームに立ちつくした。
「どういう、ことなんだ・・・・・・?」
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