第29話 ~六回目~ 楽しい時間
彼女の希望により、店内の様々なゲームに手を出していった。
カラフルなスライムを落として同じ色のスライムを消していくパズルゲーム。二人ともに手際よく消していき互いに細かく邪魔をするが、ちまちまと消していくせいで泥仕合の様相となっていた。
ゾンビを倒すガンシューティングゲーム。押し寄せるゾンビを二人で撃ちまくった。物陰から急に現れる敵に雫が驚き、悲鳴を上げながら弾切れの銃を空撃ちし続けていた。
街中を走るカーレースゲーム。二人とも操作がおぼつかず、ガードレールにぶつかり互いに接触し合い、とまたも泥仕合となっていた。
その後も違う格闘ゲーム、シューティング、メダルゲームと巡っていき、最後にクレーンゲームへとやって来た。
「あ、この子、可愛い」
「ん? どれ?」
雫が指差したのは、白い猫のキャラクターのクッションだった。見たことのないキャラだったが、恵も確かに可愛いと思った。
ケージの中には他にもキーホルダーや缶バッジなど、同じキャラのグッズが置いてあった。
「ちょっとやってみようか。取れたらあげるね」
「え!? い、いいっ、いいよっ。難しそうだよっ」
「まぁ、大きいのは難しそうだけど、あのキーホルダーとかなら。・・・・・・まぁ、取れたら、だけど」
「い、いいの・・・・・・?」
眉を下げ、俯きがちに上目遣いで見上げる雫。
申し訳なさそうにしながらも期待を隠しきれていない。
恵はその表情に言葉を詰まらせ、視線から逃げるようにクレーンへ向き直った。
「っ! う、うん。取れたらね、取れたら」
言いつつ硬貨を投入する。試しのつもりで一回分だけ。
ゆっくりと動いたクレーンはキーホルダーの山へと降りていくが、アームの可動域が思いのほか広く、その横に積み重なったクッションの山に引っかかった。
「ん、んん?」
クレーンの戻る動きに引きずられ、積み重なったクッションの山が雪崩を起こした。
ケージの中で崩れた白い山は、その頂が搬出口間近にまで迫った。
「こ、これ、あとちょっとで取れそう・・・・・・?」
「う、うん。あと、引っかけるだけ、かも・・・・・・」
思わぬ幸運に二人して固唾を飲む。
再び投入した一回分の硬貨。これで手持ちの残金はゼロ。
恐る恐るとクレーンを操作し、狙い通りの位置で止めた。
ゆっくりと下がるアーム。
「おぉ、おぉぉ・・・・・・!」
「わ、わぁぁ・・・・・・」
アームがクッションの片側に引っかかり持ち上げた。二人で小さく歓声を上げた。
バランスを崩したクッションは、重力に従い搬出口へと落ちた。
「取れた・・・・・・。本当に・・・・・・」
「すごい・・・・・・。すごーい!」
呆然とする恵とは対照的に、瞳を輝かせて彼を見つめる雫。
心底嬉しそうに、小さく飛び跳ねていた。
「すごいすごいっ! 本当に取れちゃった! 神野くんすごーい!」
「あはは・・・・・・、まぐれってあるんだね・・・・・・。ん、しょっと」
雫からの称賛に苦笑する恵。
屈んで景品を取り出すと、雫に渡した。
「はい。どうぞ」
「え、え? ほ、本当に、いいの? 神野くんが、取ったのに」
「約束だから。それに、俺には似合わないよ」
おずおずと受け取り、クッションを緩く抱き、そして強く抱きしめた。
顔を埋めた雫は喜びを表すように何度も飛び跳ねた。
顔を上げて、満面の笑みを浮かべる。
恵はその表情に息を呑んだ。
「ありがとう、神野くん! すっごく、すっごく嬉しいっ! 大事にするねっ!」
「あ、あぁ、うん・・・・・・」
景品のクッションを抱く雫とともに、恵はゲームセンターを出た。
音の嵐から解放された世界は、赤い夕焼けに染められていた。
「じゃあ、帰ろうか」
「うんっ」
喜色満面の雫に、どこか安堵して微笑む恵。
並んで帰路に就く二人の姿が、繁華街の雑踏に紛れていった。
その後ろ姿を、雑踏の中から見つめる視線が一つ。
立ち止まったまま、いつまでもいつまでも、二人の行く方向を見つめていた。
恵が帰宅すると、キッチンで母親が夕食の支度中だった。出来上がるまでまだかかると言われ、自室に向かう。
通学カバンを放り投げベッドに倒れる。
布団に顔を押しつけ、深くため息を吐いた。
「疲れた~・・・・・・。ゲーセンって、いるだけでしんどいな・・・・・・」
寝返りをうち、天井を見上げた。
思い返すのは雫のこと。
ループの危険性を伝え、恐怖に震える雫。恵の遭遇した危機に自身も怯えて青ざめた顔。
ゲームセンターではしゃぐ雫。格闘ゲームで勝利し、得意顔を見せた。
恵の軽口を真に受け、本気で怒られたと心配して泣きそうになる雫。
クレーンゲームの景品を受け取り、嬉しそうな笑顔を浮かべる雫。
今まで見たこともない、心底から喜んでいる表情。
(黒川さんは、浮き沈みの激しい人、なのかな・・・・・・? 情緒不安定ってのは言い過ぎにしても、あんまり友達の多そうな感じじゃないよな・・・・・・)
そして、時折こちらに向ける熱い視線。
頬を染め、瞳を潤ませ、小動物のような上目遣いで、じっと見上げてくる。
(多分、黒川さんは俺に何かしらの気持ちがある。・・・・・・うん、これはさすがにわかる。自意識過剰とかじゃ、ないはずだ)
そして、昨日校舎裏で見せた狼狽えた様子。
震えながら恵のことについて呟く彼女からは、狂気に近いものを感じていた。
(問題はそれが単純に好きって気持ちなのか、それとも他に何か複雑な気持ちがあるのか・・・・・・。ヤンデレ系ヒロインって言ったって、ただ主人公を好きってだけじゃない)
最初の日。夕焼けに染められた教室で、頭から血を流して倒れていた雫。
その情景が、その赤が、鮮烈に恵の意識を埋め尽くした。
(やっぱりあの日のことが気になる・・・・・・。どうして黒川さんが倒れてたのか・・・・・・、どうして、黒川さんはループさせ続けるのか・・・・・・)
放課後の疲れから、急激な睡魔が訪れた。
恵の意識が遠のいていく。
(黒川さんのことを、もっと知らなきゃいけない・・・・・・。きっと、それが・・・・・・、ループを抜け出す・・・・・・、手がかりに・・・・・・)
そして、恵の意識は閉じていった。
カーテンが夜風に揺れる。
窓の外、猫の姿はない。
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