第28話 ~六回目~ 雫の提案

 放課後。

 ホームルームが終わると同時に教室を出た恵は、下駄箱で雫と合流した。

「それじゃ、行こっか・・・・・・」

「う、うん・・・・・・」

 靴を履き替え二人並んで校舎を出る。

 校門を出るまで、男女二人並んで下校する彼らの様子を、周りの生徒たちは横目で窺ったり何事か話したりしていた。

 恵と雫は二人そろって俯きながら、顔を真っ赤にして周囲の視線を浴び続けていた。

「ほ、本当にこれが、ループを抜け出すことにつながるの?」

「だ、大丈夫。ふ、普段の私たちなら、ぜ、絶対にしないこと、だし。相手の邪魔にも、な、なってない、から。それに・・・・・・」

 校門を出て少し歩いた。

 周囲の生徒たちが減った頃、雫が恵に顔を向けた。

「どうせ明日になれば、みんな忘れてる」

 相変わらず顔は赤いが、雫は笑顔を浮かべていた。

 悪戯をしかけて相手の反応を窺うような、これから起こることを楽しみにしているような、そんな表情。

 やはり雫はこの状況を楽しんでいるのではないか。

 そんな不安が、恵の心に再び渦を巻く。

「・・・・・・それなら、いいけど」

 恵は彼女から顔を逸らした。

 先ほどまでの照れは不安に塗り替えられた。

 雫との温度差を再び感じ、彼の表情は彼女と食い違う。

 そんな彼らをじっと見つめる視線が一つ。

 まばらな生徒たちに混ざって、視線の主は二人の後をつけていた。


 騒がしい音に包まれていた。

 けたたましいBGMと電子音、ジャラジャラと金属が擦れる音。

 幾種類もの音が混ざりあって、しかもすべてが大音量で、渾然一体となった音の嵐に耳が貫かれる感覚を覚えた。

「黒川さん、こういうとこよく来るの!?」

「ううん、初めて来た! すごいね! うるさーい!」

 周囲の音にかき消されないよう声を張り上げる恵と雫。隣り合う二人の声も飲み込まれそうになっていた。

 二人が来たのはゲームセンター。

 駅前の繁華街にあるうちの一番小さい店。

 しかし小さい分詰め込まれたゲーム筐体がひしめき合い、店内は音に溢れていた。

 中に入った瞬間恵が感じたのは、音の塊に身体が叩かれる感覚だった。

「俺も来るのは初めてなんだけど、何すればいいの!?」

「とりあえず二人でできるのをやってみよう!」

 そう言って雫が始めたのは対戦型格闘ゲーム。恵が産まれる前からシリーズが続いている有名なゲームだった。

「これ! マンガで見たことあるの! やってみよう!」

 空いている筐体に座る雫。

 彼女に促され、恵はため息をついて反対側の筐体についた。

(格闘ゲームか・・・・・・。見たことはあるけど、やったことはないんだよなぁ)

 硬貨を入れて使用キャラクターを選ぶ画面になる。恵も知っているものもあれば知らないものもあった。

 雫が選んだのは中華風の女性キャラクター。このゲームの看板キャラとも言える有名なものだった。

 恵はよく分からないまま、顔だけは見たことのある白い胴着を着たキャラを選択した。

 二人の操作キャラが決定し対戦画面となる。

(操作方法、分かんないんだけど。技のコマンド? とかあるんだっけ?)

 何も分からないままレバーを動かす。

 恵の操作キャラが前に後ろにもたもたと動き、相手と離れた状態のまま、繰り出されるパンチやキックが虚しく空を切った。

(あれ? 全然技が出ない。これ難しくない?)

 意味もなく屈伸と小パンチを繰り返す恵。

 そんな彼とは正反対に、雫の操作キャラは淀みなく間合いを詰めてきた。

 ひらりと跳び、空中からの蹴り、裏拳、そして凄まじい蹴りの連打を食らい恵は身動きが取れない。

 画面端に追いやられた恵に、オーラを纏った雫が逆立ちからプロペラのような回転蹴りの連打を浴びせてきた。

 断末魔の叫びを上げた恵は、スローモーションで吹き飛ばされるのだった。

 ――K.O.

 あっという間の出来事だった。

「つ、強い・・・・・・」

 続く二回戦もまったく同じ戦況で終わり、二本先取で恵の敗北となった。体力ゲージを少しも減らせず、まさに完敗であった。

 席を立ち反対側の雫に向かう。彼女は嬉しそうに笑い、小さくガッツポーズしていた。

「めちゃくちゃ上手いじゃん。やったことあるの?」

「えへへ。実は家でゲームやったことがあったんだ」

「なーんだ、騙された」

 肩を落としてため息をつく恵。彼の態度に、雫はおろおろと狼狽えていた。

「あ・・・・・・、ご、ごめん、だ、騙すつもりじゃ、なくて、び、びっくりさせ、たくて・・・・・・」

「え? あぁ、いやいや、怒ってるとかじゃなくて、すごいなぁって」

 フォローする恵に、ほっと安堵した雫。胸に手を当て、笑顔に戻った。

「そ、そっか・・・・・・。よかった、嫌われたかと、思った・・・・・・」

 彼女は本気で心配していたようだった。

 恵の軽口に、本気で怒られたと思い、罪悪感を覚えたようだ。

 彼女の感覚に若干戸惑いを覚える恵だが、先に話を振る。

「うん、なんか耳も慣れてきた。あんまりうるさく感じないや。もっかいやる? それとも他のにする?」

「あ、ううん。他のにしよう。色んなの、やってみたい」

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