第27話 ~六回目~ 溺れる者が掴む藁

 校舎裏で待つことしばらく、足音に恵が振り返ると、校舎の陰から恐る恐ると雫が顔を出した。

 恵を見つけてほっと緊張を解く。

「あ・・・・・・、良かった。いた」

「どうかした? 朝、約束したけど」

「ううん。神野くん、チャイムが鳴ったらいきなり飛び出しちゃったから・・・・・・。給食、いいのかな、って・・・・・・」

「あ・・・・・・」

 言われて、自分のこの時間のタイムスケジュールを思い出した。

 いつもなら給食を食べてから、健一らと話しているところに美智が話しかけてくるのだ。

 きっと今頃、給食の時間に席にいない恵と雫が不審がられているだろう。

「そうだった・・・・・・。ごめん、黒川さん。給食、食べそこなっちゃったね」

「う、ううん。私は、いいの。どうせ明日には、みんな忘れてるはずだから」

「そ、そっか」

 雫は気にしていない様子で、むしろ軽く微笑んでいた。

 彼女にとってもこの状況は危機であるはずなのに。

(やっぱり黒川さんは、ループを受け入れてる? というか、楽しんでるって感じか。今の状況がどれだけ危ないか、分かってるのかな)

 微笑む雫に反比例して暗く沈み込む恵。

 ループに対する二人の温度差、理解の差に不安を覚えていた。

「・・・・・・それで、どうするの?」

「え?」

「ループ・・・・・・。抜け出すには、何をすればいいのかな・・・・・・?」

「あ、あぁ、うん。そうだよね・・・・・・」

 彼女の方から提案されたことで、恵は気を引き締めた。

 やはりループに対する考えの違いは、できるだけ無い方がいいと考えた。

(でもここで黒川さんに、自分がループの原因ってことを伝えたらまずいんだろうな。それでループを止めようとしたら、あの未来人が邪魔しに来るのかも)

 数秒、恵は考える。

 しかしあらかじめ考えていたアプローチ以外に妙案は浮かばなかった。

 まずは彼女の危機感の確認から入ることにした。

「黒川さんは、さ。このループのこと、どう思う?」

「え? どう、って?」

「えっと・・・・・・、俺はさ、正直不安、というか怖い。このままループから出られなかったら一生同じ毎日を繰り返すのか、もしかしたら死ぬこともなく本当に永遠に、って」

「・・・・・・うん。分かるよ。身体は無事でも、心が磨り減っちゃう・・・・・・。そういう結末のお話も、あるよね・・・・・・」

 雫は恐怖を感じているように自身の身体を抱いた。

 俯くその表情は心から怯えているように見えたが、恵には表情だけで相手の内心までは推し量れない。

 もう一押し、彼女の恐怖心を煽ることにした。

「昨日、未来人の話をしたの覚えてる?」

「う、うん。神野くんが、猫をつかまえて・・・・・・」

「実は、そいつ以外にも未来人と会ったんだ。人間の姿のヤツ」

「え、本当に・・・・・・?」

 彼の言葉をどう受け取ったのか、雫は素直に驚いていた。

 恵は件の未来人がどこから現れるか内心で怯えつつ、言葉を選んで言った。

「・・・・・・俺は、そいつに襲われた。ループを止めるな、邪魔をするな、って。刃物で切り付けられそうになったんだ」

「え! そ、そんなっ! 大丈夫だったのっ!?」

「あぁ、うん。その時はどうにか平気だったんだけど、また襲われるかもしれない。ループから抜け出そうとすれば・・・・・・」

「そ、それじゃあ・・・・・・何も、しない方が・・・・・・」

 雫は顔を青ざめさせて震えている。

 その態度が演技には、恵には思えなかった。

「いや、でもね! そいつはこのループを、何か実験みたいに考えてるみたいなんだ。繰り返しの中で人間がどう行動するか見たい、とか言ってた」

「実験・・・・・・?」

「うん。今の状況はその未来人にとっては大事にしたいもので、だからきっと、無闇に俺たちに危害を加えることはないと思う」

「そう、なんだ・・・・・・」

 半信半疑ながらも一応は恵の言葉を受け止めた様子の雫。

 これでループの危機感を持ってくれたことだろう、と恵は判断した。

 彼女の恐怖心を煽るのはこれで十分だろうと。

「それで考えたんだ。このループしてる状況でそいつが求めてること、つまり普段とは違うことをし続けていれば、そのうち相手も満足して終わりになるんじゃないかって」

「普段とは、違うこと・・・・・・」

 雫は恵の言葉をオウム返しした。

 しかしただ怯えているばかりではなく、顎に手を当て、真剣に考えているようだった。

「そこで黒川さんに相談したいのは、こういう時にどういう風なことをするものなのか、ってこと。マンガとかゲームで俺も見たことあるけど、黒川さんもこういうの詳しそうだからさ」

「うん・・・・・・。うん・・・・・・」

 雫はしきりに頷き、考えている様子だった。

 彼女との温度差を埋められたと感じた恵は、ひとまず安堵して相手の意見を待つ。

 やがて雫は顔を上げた。

「うん。分かったよ、神野くん。そういうことなら、いくつか考えがあるよ」

「本当? よかった。それで、どんなことをするの?」

 恵は顔を輝かせて雫の考えに期待した。

 雫は、人差し指を立てやや得意げに意見を述べる。

「こういう時しちゃいけないのは、露骨に解決しようとすることなんだよ。相手の正体を探るとか、他の人に助けを求めるとか」

「うん。俺のとこに未来人が来たのも、多分それが原因だと思う」

「だからね、一見普通の行動に見せかけて、でも普段はしないような、特別なことをすればいいの」

「それは・・・・・・?」

 固唾を飲んで彼女の言葉を待つ恵。

 雫はその言葉を、会心の一手のように堂々と宣言した。

「遊びに行こう」

「・・・・・・は?」

 呆然と、恵は返す言葉を失った。

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