第26話 ~六回目~ 行き詰る思考
上原江第一中学校。一年C組教室前。
登校した恵はすぐに彼女に気づいた。
「あれ、黒川さん?」
「う、うん・・・・・・、おはよう、じ、神野くん」
恵にとってはいつも通りの時間、これまでとは違いすでに雫が登校していた。
教室前の廊下に立っていた雫は、登校してきた恵に近寄るとこっそり耳打ちをしてきた。
「あ、あの・・・・・・、今日は、何をすればいいのかな? その・・・・・・、ループから、抜け出すために」
「・・・・・・・・・・・・」
すでに雫がこのループの実行犯だと、恵は知っている。
犯人とともに事件の解決に奔走するなどとんだ茶番である。
(しかもタチの悪いことに、黒川さんは自分が犯人だってことを忘れちゃってるんだよなぁ・・・・・・)
当の雫はきょとんとした顔で恵の言葉を待っていた。
耳打ちしているのだから当然だが、当たり前のように身体は密着して。
彼女の距離感の近さに恵の思考はまとまらなかった。
「・・・・・・神野くん?」
「あぁ、ごめん。えっと・・・・・・、とりあえず午前中は普通に過ごそう。昼休みになったらすぐに教室を出てあの校舎裏に行く。飯野から手伝いを頼まれる前にね」
「うん、分かったっ」
雫は頷いて教室へと入る、かと思いきやそうはせず、恵と向かい合ったまま止まっていた。
先ほどよりは離れていたが、それでもただのクラスメイト同士にしては近すぎる距離だ。
「あ、あの、黒川さん? どうしたの・・・・・・?」
「ん・・・・・・、えっと・・・・・・、うぅ・・・・・・」
雫は手を握ったり開いたり、恵へ視線を向けたり反らしたり、その場で足踏みしたり、明らかに挙動不審な態度を見せていた。
(これは、何か言いたいことがあるんだろうな・・・・・・。なんだろう。何でもいいけど、早く言ってほしいな・・・・・・)
二人がいるのは教室前の廊下である。当然、登校する生徒たちが通る場所だ。
そして、二人は至近距離で向かい合い、雫の方は何やらもじもじとしていた。
第三者がこの状況を見てどういった想像をするか。
恵は想像をして、顔に血が上るのを自覚した。
「・・・・・・あの、黒川さん。みんな見てるから、」
「はよう・・・・・・」
「・・・・・・ん? なに?」
微かに聞こえた雫の声に、言葉を止めた恵。
彼女は、緊張のためか若干震えており、見上げる瞳はわずかに潤んでおり、その顔はほのかに赤く染まっていた。
「お、おはよう。神野くん」
「・・・・・・・・・・・・うん、おはよう」
恵の返答を受けてにっこりと微笑む雫。
そして逃げるようにそそくさと教室へ行ってしまった。
「な、なに? 挨拶がしたかったのか? どういうこと?」
彼女の態度が理解できない恵はしきりに首をかしげていた。
ふと周囲を見回すと、登校してきた生徒たちが遠巻きに恵を見ている。
彼が見ると、皆それまでの野次馬ぶりを取り去って、それぞれ歩き出した。
(主人公になるには注目されることにも慣れなきゃいけない、ってことかな。うぅ、恥ずかしいなぁ・・・・・・)
恵は俯いて周囲の視線から逃れつつ、そそくさと教室へ入っていった。
朝のホームルームと午前の授業、その内容は恵にとって六回目である。
記憶通りの授業内容を聞き流しながら、この時間を利用して恵は今後のことを考えることにした。
(えっと・・・・・・、今ってどういう状況になってるんだっけ?)
恵は現在、繰り返される四月二十四日に閉じ込められている。今回で六回目。
この現象を起こしているのは、未来人から能力を与えられた黒川雫である。
ただし彼女は自身がループを起こしていることも未来人と出会ったことも忘れている。
雫に能力を与え記憶を奪った未来人は、このループ現象を実験と称し、止められたくないらしい。
そしてその未来人は、邪魔する者に対して実力行使も辞さない危険な人物である。
(話が通じないってあんな怖いことだったんだな。・・・・・・あの未来人には、もう二度と会いたくないな)
その為には彼の邪魔をしない、つまりループから抜け出そうとしないこと。
さもなくばあの未来人は無関係な人を操り恵を襲う。
恵が傷つかなくとも、操られた人物は間違いなく脳が焼き切れて死ぬことになる。
(じゃあ邪魔をしなければ? このループにい続ければどうなる?)
恵は想像する。
同じ出来事、同じ授業、同じ会話。
それがいつまでもいつまでも続く。
終わりは来るのだろうか?
たとえば恵が死んだとしたら、それでもまた同じ日の朝が来るのだろうか?
(あり得ない、とは言えないよな。さすがにそんな物語の主人公は嫌だな)
ではループを抜けるか? あの恐ろしい未来人と戦うのか?
(いや、繰り返すか戦うか、その二択にするのはまだ早い。わからないことが多すぎる。あいつと戦わないでループを抜ける方法だってあるかもしれないんだから)
ではその方法をどうやって探すか。
そこから先は恵では検討できなかった。
あまりにも分からないことが多すぎる。
こんな時には猫型未来人に頼りたいところだが、今朝の彼とのやり取りを思い出し恵は顔をしかめた。
胸の奥に重い塊を感じ、頭が熱くなる感覚を覚え、何かを思い切り殴りつけたい衝動に駆られた。
今の精神状態では、あの冷徹で無機質な声を聞いて落ち着いていられる自信が無かった。
(・・・・・・とりあえず、黒川さんと話をしてみよう。何か覚えてることがあるかもしれないもんな)
その結論を出したところで、午前最後の授業が終わった。
恵は席を立ち、校舎裏へと急ぐのだった。
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