第25話 ~六回目~ 恐怖

 午前七時。四月二十四日。六度目。

 アラームの音で恵は目を覚ました。

 身を起こすと、いつも通りのパジャマ姿。

 制服は綺麗なまま壁に掛けられているし、ベッドには嘔吐の跡もない。

 きっちり、巻き戻っていた。

「おはよう、恵。六度目の今日だ。目覚めの気分は如何かな?」

「・・・・・・いかがかな、って」

 細く開いた窓の外、アルジャーノンに振り向く。

 恵は歯を食いしばり、目を怒らせ、激情を押さえるようにゆっくりと言葉を吐き出す。

「死体を、見たんだぞ・・・・・・。目の前で、人が、死んだ・・・・・・。それを、気分はいかがって、なんなんだよ・・・・・・」

「ふむ。君の感情は理解できる。同族の死を目の当たりにして、自分の身の安全が不確かなものに感じられる恐怖。それは非常に強烈なものだろう。だがそれを乗り越えねば――」

「怖いんだよ!」

 アルジャーノンの言葉を遮って恵が叫んだ。

「人が死んだんだぞ! 未来人が乗り移って脳が焼き切れた? それってつまり器が壊れただけで黒幕は生きてるってことだよな。これから何人でも身体を乗っ取って、脳を壊していくってか!? なんだそりゃ! バイオレンスかよ! 姿が見えない未来人に身体を乗っ取られないようにするってどんなサバイバルホラーだ! どうやって乗り越えるって言うんだよ!」

 言葉の端々で布団を叩く。

 叫び声の恵に対し、アルジャーノンはあくまでも無機質な、機械的な冷静さで言葉を放つ。

「ループから抜け出すという目的において、必ずしもあの未来人を打倒する必要はない。それに昨日君も見た通り、ヤツが強硬手段に出ようとしても肉体の方が先に崩壊する」

「ふぅっ、ふぅっ・・・・・・、うぅっ、・・・・・・思い、出させんなよ」

「ループを引き起こしているのはあくまでも黒川雫だ。記憶を操作されているとは言え、彼女にはこの一日を繰り返す理由があるはずだ。その理由さえ掴めれば解決できる」

「ふぅっ、ふぅっ・・・・・・、うぷっ・・・・・・、はぁっ、はぁっ・・・・・・」

 荒い呼吸を繰り返す恵。

 アルジャーノンはその様子を黙って見守り、室内にはしばらく恵の息遣いだけが響いた。

 やがて呼吸を落ち着かせた恵が、ぽつりと呟いた。

「・・・・・・俺も、死んだりするのか?」

「命の危険は皆無ではない。あの未来人の邪魔をすれば、再び襲われる可能性は高い」

「はは、マジかよ。これからもあんな目に遭うのか。ははは・・・・・・」

 恵の口から乾いた笑い声が出る。

 大きくため息をついて、天井を見上げ、恵は気が抜けたような平坦な調子で問いかけた。

「・・・・・・なぁ、あの未来人に逆らったらまた人が死ぬんだよな」

「ヤツが乗り移った人間は死ぬだろう。しかし相手に従っていてはこのループから抜け出せない」

「・・・・・・抜け出せないと、どうなるんだ?」

「それは」

「黒川さんと一緒に今日を何度も繰り返す? ずっと、ずっと、永遠に?」

 恵は顔を下げた。

 俯いて、アルジャーノンから表情を隠した。

「・・・・・・ちょっと、考えさせてくれ」

 声は小さく、かすれていた。

 アルジャーノンは、何も言わなかった。

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