第23話 ~五回目~ 考察

「さて恵。君へ報告するべき事項が多数ある。手続きを簡略化させるために、君からの質問に私が答えるという形式をとりたいのだが、如何だろうか?」

「わかったわかった。俺もいっぺんに説明されてもこんがらがるだけだと思うし・・・・・・」

 夕陽が正面から射していた。

 自宅への一本道、人通りの少ない道行きをアルジャーノンと恵が会話しながら歩いていた。

 恵は思考を整理するように少しの間黙り、アルジャーノンへの質問を始める。

「・・・・・・じゃあまず、昼休みにお前が言ってたこと、黒川さんを信用するなっていうのはどういうこと?」

「言葉通りだ。彼女へはあまり信頼を向けすぎるな。黒川雫、彼女は未来人に会っている」

「黒川さん本人が会ってないって言ってたのは? あれは嘘だったのか?」

「いや、彼女自身はあの発言を虚偽だとは認識していない。件の未来人による記憶操作があった」

「あぁ、なるほど。そういう・・・・・・」

 恵は一つため息をついて顔をしかめた。

 未来人による情報の隠蔽。

 それは恵も想像していた事態だった。しかし、相手にそんなことをされたら打つ手がないと考え、それ以上の検討をしていなかったのだ。

「なぁ、アルジャーノンはどうしてそんなことがわかったんだ? もちろん根拠があって言ってるんだよな?」

「当然だ。・・・・・・ふむ、そうだな。今なら話しても問題はないだろう」

 アルジャーノンは唐突に駆け出し、民家の塀を上ってそこを歩き始めた。

 ちょうど恵と視線が合う位置で、それを意図しているのだろうと恵は理解した。

「私は、この時間軸に複数個体送り込まれている。数は逐次増減しているが、今この瞬間では私を含め五体だ」

「ん、ん? ・・・・・・えっと、お前の仲間が他に四人いるって?」

「いや、違う。私が、いま君と話をしているこの私が、アルジャーノンと名乗っているこの私が、他に四体存在していると言ったのだ」

「・・・・・・・・・・・・」

 恵は顔をしかめて、頭を抱えた。

 子供にものを教えるように、ゆっくりと、はっきりと言葉を紡いだ。

「いいか、アルジャーノン? 私、は自分自身を指す言葉で、自分っていうのは、増えたり減ったり、しない。一つきりだ。自分とそっくり、ほとんど同じに見えても、自分以外は、別の人、だ」

「ふむ。これは君がいる時代ではまだ確立されていない技術だから、混乱するのも無理はない」

 アルジャーノンの話は淀みない。恵が指摘したような、機械のような無機質さ。

「自我とは記憶と経験によって形作られており、我々の世界において同一の記憶を持ち同一の経験を踏んだ存在は、それが複数個体でも同一の自我を持つ存在とみなすことは常識として周知されている。そもそも自我というものは複層構造をしていて、例えば青のレイヤーに黄のレイヤーを重ねたら緑に見えるように、様々な記憶と経験が重なり合って自我と呼ばれる情報体を形成しているため・・・・・・」

「わかった! いや、わからない! いやえっとそうじゃなくて、その説明はいま必要なのか!?」

「・・・・・・失礼した。つまり、君にとって未来人たる私は、個人を複数に分け、そしてまた一つに戻す技術を持っている、ということだ」

「はぁ・・・・・・、時間移動なんてSFだと思ってたけど、更にありえない技術が出てきたな。お前はいったい何年後の世界の人なんだ?」

「私がいる世界は、ここからおよそ一億三千年後の世界になる。もっとも、太陽系から離れて久しいので、『年』という単位は歴史書以外では使われていない」

「お、おぉ・・・・・・、一億・・・・・・?」

「ふむ。この話も蛇足ではある。本題を続けよう」

 アルジャーノンはちらりと恵を振り返り、そのまま話を続けた。

「つまり、私は君のそばにいた間も、他の場所で活動していたのだ。目的は、ループ現象の原因候補者の監視と調査だ」

「うん、まぁ、えっと・・・・・・、とりあえず未来から何人かのチームで来たっていう感じで納得するわ・・・・・・」

「構わない。私の事前調査で、被害に遭っているのが君だということは判明していた。その上で、ループの原因と解決方法を探るために端末を増やしていた、ということだ。そして、先ほど黒川雫と校舎裏で会談していたちょうどその時に、彼女を調査していた私が黒川雫と未来人の接触の証拠を掴んだということだ」

「・・・・・・俺もさ、黒川さんとの話で違和感みたいなの感じてさ」

「違和感?」

「うん。黒川さんは最初の一回目、放課後に教室で倒れてたことは覚えてないんだ。あの子にとっては、今は四回目なんだって」

「・・・・・・ふむ、なるほど。それは私が把握していなかった情報だ。非常に興味深い」

「だから、あの倒れてた時に未来人に会って、それでループを起こすことになって・・・・・・、ん? あれ?」

 思考を声に出して整理していた恵が、ふと疑問を覚えた。

 塀の上を歩くアルジャーノンに視線を向けて質問する。

「なぁ、そういえばループって未来人本人は起こせないのか?」

「起こせない。そもそも時間跳躍において限られた容量の情報体しか送れないのだから、跳躍先の時間軸において干渉できる事柄はあまりにも少ない。いま私がしているように、会話をすること、視覚で捉えること、この程度のものだ」

「じゃあ、黒幕の未来人は黒川さんに、その、何かしらの力を与えてループを起こさせたってこと?」

「何かしらの力・・・・・・。その表現はあまりにも漠然としているが、質問に対する回答はイエスだ」

「んん・・・・・・?」

 恵は視線を彷徨わせて想像する。


 ☆☆☆

 血を流して倒れる雫に近づく猫。それが彼女に語り掛ける。

『力が欲しいか? 力が欲しいのなら・・・・・・、くれてやる』

『欲しい・・・・・・、こんな目に遭う前に戻れる力を・・・・・・』

 そして謎の発光が起き、世界は巻き戻る。

 ☆☆☆


 恵は首をかしげた。

 不満を表すように眉をひそめた。

「ん~? ・・・・・・なんか、変じゃね?」

「変、とは?」

「えっと、未来人は力を与えただけで、ループを起こしてるのは黒川さん自身だから・・・・・・」

 そこで、自分の中にある疑問が明確になって、顔を上げた。

「あ、そうだ! ループを黒川さんが望んで起こしたんなら、その本人が出られなくて困ってるなんておかしいんだよ」

「ふむ。その疑問は正しい。恐らくそのあたりの情報が記憶操作に関わって――、

 恵、止まれ」

 唐突なアルジャーノンの指示に思わず従った恵。塀の上の猫に視線を向けた。

「なに? どしたの、急に」

「前を見ろ」

「なんなんだよ・・・・・・」

 正面に向き直った恵の前に、

 前触れなく、

 いつの間にか、

 男が立っていた。

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