第20話 ~五回目~ 校舎裏の密会
教室棟から中庭を挟んで建つ特別教室棟の裏。
人のいない狭い校舎裏に辿り着いた恵は、更に奥へと歩いていった。
その時、足下から小さな影が飛び出してきた。
「うわっ。あぁ、アルジャーノンか・・・・・・」
「にゃー」
下手な猫の声マネをしながら、恵に向けて片方の前足を上下に動かすアルジャーノン。恵はそれを、近くに来いという意味だと考えて腰を下ろした。
アルジャーノンは小さな声で恵に話しかける。
「君の後ろを着いてきている者がいる。今も角からこちらを窺っている」
「あー、やっぱりそうだったんだ。気づいてるし、誰だかもわかってる」
アルジャーノンに合わせて恵も声を潜めた。カモフラージュとして白猫の頭を撫でたりもしてみた。
傍から見ればただ野良猫を撫でているようにしか見えない。
「それより、ずっと見てたのか? どうやって?」
「君が席を立ってからすぐに私も窓から外へ出た。君の様子は中庭の木から確認していた」
「誰にも見られてないだろうな?」
「当然だ。しかし見られたところで問題はないと判断する。私はただの猫だ」
「いやまぁ、そうなんだけど・・・・・・」
「来たぞ」
唐突に恵のそばから離れたアルジャーノン。校舎裏に一本だけ生えている細い木の陰に隠れた。
そして、背後から近づく影に恵は振り向く。
「ようやく話聞いてくれる気になった? 黒川さん」
雫が、おどおどと視線を彷徨わせながら、スカートの裾を弄りつつ、小さく一度頷いた。
自称恋愛マスターたる健一の助言は、実を言うともう少し具体的だった。
すなわち『誘い受け作戦』。彼はこのように話していた。
「まぁ、黒川さんは見て分かる通り、かなり照れ屋さんだね。話しかけても逃げられるのがオチだと思う。
「でも黒川さんはじんじんに話しかけられること自体を嫌がってるわけじゃないみたいだ。
「え? 何でって? それは企業秘密。大丈夫。これは間違いないから、断言できるよ。
「さて、じゃあ黒川さんが気にしてることとは何か。あくまで状況からの予想だけど、周りの目が気になるんじゃないかな?
「周りから注目されたくない。大勢の中では静かに過ごしていたい。うんうん。その気持ちわかるなぁ。
「なんて顔してるのさ、じんじん。俺だって人からの評価は気にしてるし、それに疲れることだってあるんだよ?
「まぁいいや。とにかくね、教室で話せないなら別の場所で話せばいい。なるべく人が少なくて、できれば二人きりになれる場所がベスト。
「とりあえずそんな場所を探してみたら? じんじんがいい場所を見つけたら、多分何かしら起こるんじゃないかな?」
健一は含みを持たせるようなことを言っていたが、校内を歩いているうちに恵にも意味が理解できた。
雫はずっと恵の後を着いてきていた。
しかし彼女には尾行の技術はないようで、二階で階段を前にしていた辺りから恵は彼女の存在を確信していた。
そして今、雫は恵に誘われるままに、校舎裏で二人きりになっていた。
相変わらずもじもじと俯いている雫に、恵は考えていた言葉を投げかけた。
「えっと、・・・・・・黒川さん、最近変なこととか起きてない?」
「へ、変なこと・・・・・・?」
「あー、その、最近遅刻してくるから、何かあったのかなー、って・・・・・・」
そう言った瞬間、恵の目の前に雫が接近してきた。
恵には彼女が瞬間移動してきたように見えた、それほどの素早さだった。
「やっぱり・・・・・・、やっぱり神野くん・・・・・・」
そして雫の目は大きく見開かれていた。
瞳には、たじろぐ恵の表情がはっきりと映り込んでいた。
恵は彼女の大きな黒目が、美しく光り輝いているように感じていた。
「これまでの繰り返しのこと、覚えてるんだねっ!」
(えっ!? 自分からバラした!?)
雫の言葉に驚きを隠せない恵。まじまじと彼女を見つめてしまう。
その結果、二人きりの空間で見つめ合う男女の姿が出来上がった。
恵は問いかける。
「・・・・・・なんで、そのことを」
雫は嬉しそうに笑顔を見せながら、頬を染めてテンション高く言葉を返した。
「だって私、入学してから昨日まで遅刻なんてしてなかったもん。四回目の遅刻だって、皆からすれば今日初めての遅刻だよ」
(しまった! うっかりループ中の記憶でしゃべっちゃった! 完全に俺の自爆じゃないか・・・・・・)
自分のミスに恵は頭を抱えた。
一方雫は、安堵したようにため息をついていた。
「それにしても、良かったぁ・・・・・・。ずっと一人でどうにかしなきゃいけないのかと思って、すごく怖かった。神野くんも仲間なら心強いよ」
「・・・・・・え?」
恵は顔を上げて、雫に目を向けた。
彼の耳には信じられない言葉が届いた。
「一日が繰り返すなんて、すごく怖い・・・・・・。神野くん、頑張って抜け出す方法を探そうね!」
「え、え? ・・・・・・ちょ、ちょっと待って。え?」
一歩下がり、恵は雫から距離を取った。
彼の背中を、冷たい汗が一滴垂れ落ちた。
「今、抜け出す方法を探す、って言った? ・・・・・・これは、黒川さんが起こしてるんじゃないの?」
「えっ? 違うよ! 私も気づいたらこんなことになってて、そうしたら神野くんが今までと違うことをし始めたから、もしかしてって思って・・・・・・」
訴えかける雫の言葉を、恵は信じられた。
彼女の言った内容は恵もこれまで彼女に対して考えていたことだったのだから。
だがそれでは困る。
恵は雫が犯人だと思って行動していた。
彼女は白を切っているのでは? そう考えて確かめてみた。
「黒川さん、未来人に会ってるよね? そいつから何か聞いたんじゃないの?」
「未来人? ううん、会ってないよ? え、そんな人がいるの? 神野くんは会ったの?」
恵は背後の木に身を隠すアルジャーノンを捕まえて、雫の眼前に掲げた。
「こいつ! 未来から来たって言って、俺に協力したいって言ったんだよ!」
「ね、猫? 言ったって、この子しゃべるの?」
「にゃー」
アルジャーノンは先ほどとは違う本物の猫らしい鳴き声を上げた。
協力者の裏切りに慌てる恵。
「お、おいアルジャーノン! なに猫のフリなんてしてんだよ! お前が未来人だって証明しろ!」
「にゃう、なぁう・・・・・・」
「あ、だ、ダメだよ神野くん。そんな乱暴にしちゃ、可哀そうだよ」
「んなーおっ!」
アルジャーノンは恵の手から飛び出して、離れた位置に着地した。
威嚇するような視線を恵に向けると、勢いよく逃げ出した。
「あっ! コノヤロー! 裏切り者ー! もうウチに入れてやんないからなー!」
恵が怒りの捨て台詞を発したところで、昼休み終了の予鈴が鳴った。
「とりあえず戻ろ? 神野くん。続きは、放課後にでも」
「・・・・・・う、うん。わかった」
アルジャーノンが逃げた先を未練がましく見つめながら、恵は雫の言葉に頷いた。
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