第18話 ~五回目~ 悩める思春期男子

 しかし、ホームルームが終わり、一限目の授業とその後の休み時間も終わり、二限目の授業中で恵は結論を翻した。

(やっぱり黒川さん、俺を見てる・・・・・・)

 これまでに彼女と視線が合った回数が明らかに記憶よりも多い。

 今回の『今日』は恵が雫を注視し続けていたが、たとえそうしていなくとも彼女の様子の変化はあからさまだった。

(間違いなく今回の黒川さんは今までと違う動きをしてる。何だろう、俺はまだ何もしてないぞ?)

 じっと雫を見続ける恵。

 振り向く動作は収まったが、心なしかそわそわしているように見えてきた。

(これだけ目が合うと向こうも俺が見てることは気づいてるよな。・・・・・・うーん、どうしよう)

 恵は授業の内容などまったく聞いていなかった。なにせ五度目の内容だ。もはや聞く必要もない。

 彼には目下、取り組むべき問題があった。

(・・・・・・うん、よし。とにかく話しかけないと。今日のうちに未来人の話をしなきゃいけないんだから、多少強引でもなんとかしないと)

 しばし、恵は意識を集中し彼女との会話をシミュレートする。


 ☆☆☆

 ・パターン1:時間も無いしまっすぐ本題を聞いてみる

「あ、黒川さん。ちょっと聞きたいんだけど、最近未来人とあったりしてない?」

「は? え、何?」

「いやぁ実はかくかくしかじか、俺タイムリープしてて黒川さんが怪しいんだけどさ」

「えっと、ごめんなさい、意味がわからないです。あと気安く話しかけないでください。中二病がうつるので」

 バッドエンド

 ☆☆☆


(だから直接はダメだって! けんちだって引くわこんなん! もっと当たり障りなく・・・・・・)


 ☆☆☆

 ・パターン2:雑談を装って聞いてみる

「ねぇねぇ黒川さん。俺、最近タイムリープものの小説にはまっててさ。なんかオススメとかある?」

「そうだなぁ。交通事故で跳ぶのとかメールで跳ぶのとか、他にもタイムマシンとか宇宙人とかのもあるよ」

「へー、色々あるんだなー。ところで未来人って実際はどんなやつだと思う?」

「もちろん猫型だよ。青くなくて不思議な道具も出さないけど、堅苦しいしゃべり方をするやつだね」

「やけに詳しいね。ひょっとして最近どこかで会った?」

「しまった! なんて巧妙な誘導尋問なの!」

 ハッピーエンド

 ☆☆☆


(だからっ、こんなうまくいくわけないだろっ! 黒川さんもキャラ違いすぎるだろっ! 話したことなさすぎてどんな人かわかんなくなってんじゃねえかっ!)


 ☆☆☆

 ・パターン3:強引にかつ遠回しに聞いてみる

「ねぇ黒川さん。ちょっと俺と話さない?(壁ドン)」

「えっ? い、いったい何のお話ですか・・・・・・(胸キュン)」

「退屈な毎日のこと、それと未来についてのこと、かな(顎クイ)」

「わ、私たちの、未来について・・・・・・(目ハート)」

「黒川さん、俺は今日という籠に捕らわれた哀れな小鳥さ。明日へ羽ばたく為に、協力してくれないか?(歯キラーン)」

「はぅぅぅ・・・・・・! わかりましたぁ! この間会った未来人さんにお願いしてみましゅぅぅ!(ビクンビクン)」

 トゥルーエンド

 ☆☆☆


(・・・・・・ダメだぁ。これじゃシミュレーションじゃなくて妄想だよ。しかもかなり暴走してきた・・・・・・)

 恵は思考が泥沼化し始めたことを自覚した。

 頭を抱えて、余計なイメージを一度すべて忘れる。

 そこで二限目の授業終了のチャイムが鳴った。

(うぅ・・・・・・。まぁ、まずは普通に話しかけることにしよう。変なことして悪い印象持たれたら、きっと俺の精神が死ぬ)

 妥協。とは言え、ほぼ初めての会話となる女子に対しては常識的な方向性に決めた恵だった。

 教師が退室し、一時的な喧噪が戻る教室。

 覚悟を決めて恵は雫の席へ向かった。

 彼女との距離が縮まるにつれ、緊張が増していった。近くにいる女子数人が珍しそうに恵に目を向けた。

「あー、あのさ、黒川さん」

(うわー、やばい、声裏返ったー・・・・・・)

 恵が冷や汗をかきつつも、声を裏返しつつも、明らかに挙動不審になりつつも声をかけた瞬間、雫の身体がビクンッと跳ねた。

「っ! ・・・・・・わ、わわわわた私、で、ですか・・・・・・?」

「え? あぁ、うん。そう、黒川さんにちょっと聞きたいことがあって」

 他の人物が取り乱すと自分は冷静になれる。

 恵は自分以上に緊張している様子の雫を見て、一瞬で心を落ち着かせた。

 しかし、当の雫はすぐさま席を立ってしまった。

「ごっ、ごめんなさい! わた、私行かなきゃっ。すいません、すいません・・・・・・」

 謝りながらも有無を言わさぬ態度で、そそくさと恵の横を通り抜けた雫。

 顔を伏せ、まったく目を合わせず、小走りに教室を出てしまった。

 呆気に取られて追いかけられなかった。

「・・・・・・はっ。あ、あれ? なんだ? どういうことだ?」

「ヘイヘーイじんじん。何急に女子ビビらせてんのさ? 告白ならもっと段階を踏まないと」

「違うわ! 見りゃわかんだろけんち!」

 後ろからやって来た健一は半笑いを浮かべて両手を上に向けた。嫌味なほど様になる、肩をすくめる動作。

 健一の表情は明らかに面白がってるものだった。

「いや、じんじんが黒川さんに声かけて逃げられたんでしょ? なに、失礼なことでも言ったの?」

「何も聞かないうちに行っちゃったんだよ」

「ふむ・・・・・・」

 健一は表情を改めた。真面目な顔をして、真剣に恵の話を聞く体勢を取った。

 実は先ほど、恵から逃げる雫の表情を健一はしっかり見ていたのだ。

 そこから察せられるものをいくつか思い浮かべ、しかしここでは特に何も言わなかった。

「まぁ、気にすることないよ。嫌われるようなこと何もしてないでしょ?」

「うん。話しかけるのも初めて、じゃないかな」

「じゃあ大丈夫だって! 多分、何か用事があったんだよ。それか照れ屋さんかな?」

「えー? そんな感じには見えなかったけど・・・・・・」

 笑顔の健一に背中を叩かれて自分の席に戻る恵。

 友人たちとの会話に交ざる彼の様子を、廊下から覗き見る姿があった。

「・・・・・・な~るほどね」

 そして健一はその視線に気づき、意味ありげに呟くのだった。

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