第17話 ~五回目~ 活力満ちた朝
午前七時。四月二十四日。五度目。
恵は目覚まし時計のアラームが鳴る十分前には目を覚ましていた。
虚ろな意識を覚醒させて、現状を思い出して起き上がり、窓の外からこちらを窺う白猫の姿を見て、かくしてスマホに表示された日付で事態を確認した。
「おはよう、恵。五度目の今日だ。目覚めの気分は如何かな?」
「おはよう、アルジャーノン。気分は、まぁ悪くないかな」
顔を上げた恵。その表情には怯えも混乱もない。
窓の外、白猫を越えて朝の青空に目を向ける恵には、決然とした意志が見えた。
「ふむ。落ち着いているな。状況には慣れただろうか?」
「まぁね。予想はしてたから。物語としてはここからが本番かなって思ってる」
「ループの原因調査は順調と言える。だが、油断してはいけない。解決の道筋は未だ明らかになっていないのだから」
「わかってるよ。でも、やることがはっきりしてるっていうのは、なんか安心するな」
恵はアルジャーノンへ視線を向けた。
猫は顔を上向かせて相手と視線を合わせていた。
「それは良いことだ。不安や混乱といった心理状況はパフォーマンスを下げる。君が平常な状態であるというのは喜ばしい」
アルジャーノンの堅苦しい口調に苦笑を返す恵。その言葉遣いにも慣れを感じていた。
恵は大きく身体を伸ばし、息をついた。
問題解決に向けて意識を切り替える。
「ん~~・・・・・・、よっし! それじゃ、今日は黒川さんを調べるんだな? やるぞ!」
「君の健闘を期待する」
アルジャーノンの無機質な応援を受けて、恵は今日を始める。
上原江第一中学校。一年C組教室。
朝のホームルームでの点呼が続けられる中、恵は視線を右斜め前の席に向けていた。
漆黒の長髪に覆われた細い背中。
これまで通り遅刻寸前で登校してきた黒川雫が、俯きがちに着席していた。
(さてと、何はともあれ黒川さんと話さなきゃいけないけど、・・・・・・本当に今まで会話らしい会話はしてないんだよなぁ)
恵は記憶を遡る。
しかし、雫との記憶は希薄なものだった。
互いに委員会や部活に所属していない為、そもそもの接点が無いのだ。
実際、入学して一ヶ月に満たない現状ではそういったクラスメイトがいるのも不自然ではない。
(掃除当番の時に、『ゴミ捨ててくるね』『うん』、くらいは話したな。それくらいか)
出会ってからの日数と会話回数の少なさは、覚える内容が少ないことを意味する。恵の記憶に間違いはない。
(二回目の今日の時に俺から話しかけたけど、あれはノーカンだよな)
点呼は終盤に差し掛かっていた。その後は担任教諭から特記事項などの話がある場合もあるが、恵の記憶では『今日』は別段何もない。
雫へと視線を向け続けていた恵。
ふと、彼女が振り向いた。
(・・・・・・あれ?)
交錯する互いの視線。
それも一瞬のことで、雫は素早く顔を戻した。
(黒川さんがこっちを見た? こんなことってあったっけ? んん、分かんないな)
たまたま記憶していない行動を取っただけ。
ひとまずはそう結論付けた恵であった。
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