第15話 ~四回目~ 常磐健一という少年
午後の授業もすべて終わり、あとは下校するだけになった教室。
西日が赤色の濃度を上げ、逆に日射しは弱く、緩やかに教室内を夕焼け色に染めていた。
クラスメイトが次々と教室を出ていく中、前の席では健一が椅子に逆向きに座り、物思いに耽っていた。
恵もまたぼんやりと窓の外に視線を向けていたが、その心中は穏やかではなかった。
(やばいなぁ。けんちへのアプローチ、何も考えてなかった・・・・・・。飯野が変なことしてくるせいだ)
今、教室内の人は少ない。窓際に位置する恵たちの他は、彼らからは遠い教室前方の扉付近に女子二人がいるだけ。
健一に未来人との接触があるか否かの確認をするには、今日の段階では絶好の機会だ。
だが、その確認方法を何も考えていなかった恵である。
ちらりと友人に視線を向ける。相手の表情を見てもその心情など見えはしない。
(あ~、どうしよう。けんちが未来人と会ったかどうかなんて、どうやって確認すればいいんだよ~)
恵は、表情には決して出さず、しかし脳をフル回転させて状況のシミュレートをしてみた。
☆☆☆
・パターン1:正面から直接聞いてみる
「なぁ、けんち。最近未来人に会った?」
「は? 未来人? じんじん何言ってんの?」
「いや実は、かくかくしかじかで未来人に会った人を探しててさ」
「今日を繰り返す? しゃべる猫? おいおいじんじん、中二病も大概にしとけって」
「本当なんだよ。ほら、これがしゃべる猫。アルジャーノンさ」
「にゃー」
「・・・・・・じんじん。こじらせすぎてとうとう現実と妄想の区別がつかなくなったんだな」
「本当だってば。ほら、けんちにも聞こえるだろ?」
「にゃおーん」
「うん、わかった。俺はもう帰るよ。じんじん、いや神野、明日からはあまり話しかけないでくれよ」
「あ、おいっ。待てって、けんちー・・・・・・!」
バッドエンド
☆☆☆
(うん。普通にバッドエンド確定だ。万が一これでループから抜け出せても、その後の俺の人生が終了だ)
☆☆☆
・パターン2:事実をぼかして聞いてみる
「なぁ、けんち。もし未来人がいるとしたらどんな奴だと思う?」
「そうだなぁ。猫に乗り移ってしゃべりかけてくるんじゃないか?」
「へー、やけに詳しいじゃん。もしかしてどっかで会ったの?」
「バレちゃったか。実はこの間会ってさ。そいつから秘密の技を伝授されたんだよ」
「お前、タイムリープしてね?」
「うそ、じんじんも!?」
ハッピーエンド
☆☆☆
(ってなるか! そんな都合よく進んだら苦労しねえよ! ・・・・・・ん、いやでも、たとえ話で探りを入れるっていうのはありな気がする。方向性はいいかも。となると・・・・・・)
現実には瞬き二回分ほどの間、思考を巡らせた恵がアプローチの方法を決定した。
あくまでも雑談、という体で健一に話しかける。
「・・・・・・なぁ、けんち。未来人ってさ、いると思う?」
「は? 未来人? あぁ、また主人公症候群?」
「い、いや、そういう系の物語って多いし、あくまで参考みたいな」
柔らかく表情を崩す健一。
恵からの問いかけを彼のいつもの癖と受け取って、雑談に入り込んだ。
「そーだなぁ・・・・・・。まぁ、いてもおかしくはないよね。未来でどれだけ技術が進歩するかなんてわかんないし、だから時間もののSFは昔からたくさんあるんだろうし」
「時間もの?」
「現代の人が過去へ行ったり、未来の人が現代へ来たり、そういうのひっくるめて時間もの。タイムリープってもともとは『時間跳躍』って意味だから、あのアニメだけじゃなくて、それこそ教科書に載ってるような物語だって時間ものはあるわけよ」
「あー・・・・・・。へぇ・・・・・・」
饒舌に語られる健一の言葉に一瞬意識が遠のく恵。
アニメに関する健一の知識が深いことは知っていたが、その知識はかなり広範に渡るもののようだった。
しかし、ふと、熱が冷めたかのように健一の声は間延びした。
「いやぁ、でもなぁ。うーん・・・・・・。俺、時間ものはちょっとよくわかんないんだよね」
「うん? なんで?」
「未来へ行くのはわかるんだよ。誰も見たことない世界に行くわけじゃん? チョー面白そう。でも、過去ってそんな見たいかなぁ?」
「え、あぁ、どうかなぁ」
健一は組んだ両腕に顎を乗せて、だるそうに脱力した。
「過去に行く話ってほとんどの場合、現実を変えたいっていう主人公の目的があるんだよね。過去を変えてやり直したい、つまらない現実を変えたい、みたいな。それがどうもねぇ」
「・・・・・・けんちには、面白くない?」
「うん。そんな後悔してることとかないし、今が嫌でもこれからの未来でどうとでもなるじゃん、って思ってさ。あんま入り込めないのよ。多分、もっと歳とってから面白く思うかもなぁ、みたいな」
「あぁ、なるほど。それは、わかる」
「俺は、もしタイムリープするなら未来に行きたいかな。やり直しとか、そんなの興味ないわ」
友人の表情をじっと見つめる恵。
心情は見えないが、彼の言葉はいかにも彼らしいもので、だから素直に納得できた。
「・・・・・・そうだよな。一日を繰り返すとか、そんなの拷問だよな」
「あー、そういうのもあるよねぇ。実際に体験したら、俺なら泣き出す自信あるね」
夕焼けの教室で笑い合う二人。
どこにでもある、しかしかけがえのない時間。
恵は健一への疑いを完全に消した。
彼の考え方、大げさに言えば人生の価値観がループなどという現象とそぐわないことを理解したからだ。
楽しそうに語り合う男子二人を遠巻きに眺める二人組の女子が、恐らく破廉恥な妄想を繰り広げて、尊いものを拝むような表情を浮かべていた。
そしてやはり、別の視線も二人に注がれていた。
教室の扉の向こうにいたその視線の持ち主は、音もなく身を翻し立ち去っていった。
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