第13話 ~四回目~ 高揚
上原江第一中学校。一年C組教室。
「はぁっ、はぁっ・・・・・・! っくぁ、間に合ったぁ・・・・・・」
教室の扉を開けた恵は荒い息を吐いていた。
今朝、しゃべる猫と出会い会話をし、それから全速力で登校してきたのだ。
額から垂れ落ちる汗を制服の袖で拭いつつ、足を引きずって自分の席へ向かう。
「はよー、じんじんー。どしたの? 寝坊でもした?」
すでに席にいた健一が、朝の挨拶とともに訊ねてきた。曖昧な笑みを浮かべるほかない。
「い、いやー別に。なんでもないよ」
「んー? ふふ~ん。なんかその返し、主人公っぽいぜ?」
「・・・・・・へ?」
ニヤリと口の端を上げた健一。彼は、親友が一番喜ぶ言葉を知っている。
「普段とは違う行動をとって、それを誰かに指摘されるんだけど、本当のことは話せないから『別に・・・・・・』なんて言っちゃうやつ! テンプレだよねー!」
「っ!」
言葉に詰まった恵だが、その表情を健一は見てはいなかった。
「・・・・・・ち、違うって! 途中で忘れ物したから家に戻っただけだっつーの」
「うんうん。そっかそっかー。へへっ」
恵の誤魔化しも、健一は微笑むばかり。
(今は、どうなんだ? 未来人のことを聞けるタイミングかな?)
恵は着席し、健一の様子を窺う。
健一は恵からすればすでに四度目となる自身の寝不足の話をしていた。
(・・・・・・いや、駄目だ。アルジャーノンは一日に一回って言ってた。失敗すればまた明日まで機会はないんだ。慎重にならなきゃ)
朝の教室のざわめきを遠くに感じながら、恵は健一への質問の仕方を考えていた。
彼は昨夜観たアニメの話を続けているが、恵が無言であることは気に留めていない様子だった。
(やっぱ、二人きりの時がいいよな。昼休み? 駄目だ。坂戸と若葉もいるし、教室の状況は今と大差ない。帰り道? いや、確か前回は、眠いから先に帰るって言って帰りは俺一人だった。なら、・・・・・・帰る直前、放課後の教室か)
担任が来て、点呼を取り、雫が登校して、朝のホームルームはつつがなく進行した。
ちなみにアルジャーノンはどこにいたのかと言えば、恵のカバンに潜んでいた。
昼休みまでの間の休み時間、その度に密かに恵と会話を繰り返していた。
「ここまでは順調だ、恵。君が最初に体験した今日の事実を忠実になぞっている」
「うん。さすがに四回目ともなれば、もう慣れたもんだよ。むしろ退屈かも」
「気は抜かないことだ。不測の事態とは不意に起こるものだ。決して警戒を怠ってはならない」
「わかってるよ。おい、あんまり動くな。バレるだろ」
「ふむ。カバンの中というのは不快なものだな。このような体験は初めてだ。窮屈、息苦しいという感覚か」
「学校に猫なんて連れてきちゃ駄目なんだよ。我慢しててくれ」
「む・・・・・・。恵、その表情は笑顔かな? 何か愉快なことでもあったのだろうか?」
「あ、いや・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・こうして、学校にこっそり猫を連れてきたりとか、誰にも言えないことしたりとか。なんか、主人公っぽいな、って」
「ふむ。それは君の願望だったな。他人とは違う特別な出来事を経験したい、というものだと理解している」
「まぁ、そう言われるとありきたりな感じだけどさ。でも、今は俺、なんかワクワクしてる」
「ワクワク?」
「俺の物語が始まってるんだなって感じがして、嬉しいんだ」
チャイムが鳴り、授業が始まる。
アルジャーノンはカバンの中で体勢を変え、息をひそめていた。
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