第12話 ~四回目~ 協力者
「君は今、困難な状況に遭遇しているだろう? 私はその状況を打開させるための手助けができる」
白猫、アルジャーノンは朗々と述べた。
まるで台本に書かれている台詞をそのまま読んでいるかのような、あるいは機械のような、そんな無感情さだった。
混乱から回復した恵は、まずアルジャーノンを抱えて自宅前から移動した。人目がある中でしゃべる猫と会話するわけにはいかなかったからだ。
そして通学路の途中で道を変え、空き家の門を潜り生垣に身を潜めた。
そこでアルジャーノンが話を再開した。
「こちらでは詳細は把握できていない。まずは状況の確認から始めたいのだが、どうかね?」
「待って。ちょっと待って」
恵は頭を抱えて唸った。
落ち着いたとは言え、まだ彼の精神状態はしゃべる猫を受け入れるには至っていなかった。
思考を整理しようとして、失敗して、頭の中に溢れる疑問の多くを無視して、その中でも特に重要であろう質問を口にした。
「ま、まず、いくつか聞きたいことがあるんだけど・・・・・・」
「それは必要なことかね?」
「しょ、正直に言って、すごく混乱してる、と思う・・・・・・。わけがわからなすぎて頭が働かない。ひとまず、これが現実だと確かめさせてほしいんだ・・・・・・」
「なるほど、了解した」
混乱など微塵もないかのような猫の言葉に、少しだけ冷静になった恵。
とりあえずという形で残した疑問を投げかけた。
「えっと、本当に猫がしゃべってるの? スピーカーとかカメラが仕込まれてるとか?」
「イエス、ノー」
「・・・・・・ん?」
あまりにも簡潔かつ意味不明な回答に、首を傾げる恵。
彼の理解が及んでいないことを察した猫は、補足説明を加えた。
「この動物、猫の身体が言葉を発しているかという問いについてははイエス。スピーカーやカメラに類する機械が取り付けられているかという問いについてははノーだ」
「いや、え? じゃあ、どういうこと? あんたは化け猫とかそういうの?」
「化け猫。妖怪。それは空想上の存在であり、実在の可能性は低いと判断する」
猫、アルジャーノンは前足で顔を洗う仕草を見せた。
「私はこの猫の身体を借りている状態である。時間流を跳躍できる容量は限られており、通常は物質体ではなく情報体のみを跳躍させる。そして、目的の時間軸に存在する物質体に情報体をインストールする。この時間軸で私の情報体を受け入れ、かつ君に接触するのに適した生命体がこの猫だったため、一時的に肉体を借りている」
「時間流・・・・・・? 情報体・・・・・・?」
耳慣れない単語に恵は眉根を寄せた。
彼の表情から足りない情報を理解した猫は、決定的な言葉を放った。
「私は君にとって未来からやって来た存在である、と言えば理解できるだろうか?」
「未来から・・・・・・」
「疑問は解消されただろうか?」
恵は明らかに納得していない表情をしていたが、彼の無言の頷きを受けて、アルジャーノンもまた頷きを返した。
「では、状況の確認をしたい。この時間軸において時間流の異常な乱れを観測したが、私のいた時間からは具体的な現象を特定できなかった」
「あ、ああ、うん。・・・・・・えっと、それは多分、このタイムリープ、のことかな・・・・・・?」
空き家の玄関先の陰で猫と会話する中学生。
生垣の向こうの道路では他の学生たちが日常的な時間を過ごしている。
アルジャーノンに現状の説明をしている間、恵は自分の状況を俯瞰していた。
彼はこの時、待ち焦がれていた非日常、すなわち物語の始まりを予感して、心躍らせていたのだ。
「なるほど。一日を繰り返している、か」
思考を整理するように顔を伏せるアルジャーノン。
それも数秒のことで、すぐに顔を上げ、恵と視線を合わせた。
「他者との会話や情報が君自信の記憶と一致すること四度。確かに偶然とは言えない。この状況と類似した現象は、私のいる時間軸でも確認されている。私たちはそれを、ループと呼んでいる」
「ループ・・・・・・。うん、そっか。わかりやすい名前だ」
「対処法については君がとった行動でおおよそ間違いない。つまり、選択肢の総当たりによる結果の変化を観測する、ということだ。もちろん、人間個人の選び得る行動から現象の原因まで辿り着くには試行回数が膨大になるだろう。私が把握している事例では、一千万回を超えるループもあった」
「うわ、それは嫌になるな。頭がおかしくなりそう・・・・・・」
恵にとっては四度目でさえうんざりする状況だった。
アルジャーノンと出会わなければ実際にそれだけの回数を繰り返していたのか。
想像するだけでも、彼にとっては現実感のある恐怖だった。
「さて、ループの原因についてだが、我々の時代ではループの理論が解明されている。すなわち、時間流の断絶と歪曲だ」
「ん? ん?」
恵には言葉の意味が理解できていない。しかしアルジャーノンは構わず続けた。
「だがその為の技術はこの時間軸ではまだ解明されていない。時間振動が起こるだけの巨大なエネルギーが自然現象によって与えられたとも考えられるが、私の観測ではそれも発見できなかった。つまり、人為的な干渉によって引き起こされた事態であると結論する。したがって」
一瞬の間を開けるアルジャーノン。
恵は固唾を飲んで彼の言葉を待つ。猫の瞳が煌めいたように感じた。
「君の周囲の人間、そのうちの誰かが未来から来た者の協力を得て、このループを引き起こしている」
「・・・・・・やっとそこまで来たかぁ」
ぐったりとため息を吐く恵。
アルジャーノンに向けて半目を向けた。
「あのさぁ、アルジャーノン? 話長くない?」
「情報不足を懸念してのことだ。だが君が求めるならば、以降は説明の簡略化を行う」
「求める、求めるよ」
「了解した」
アルジャーノンは一度身体を起こし、背筋を伸ばすように四肢を突っ張らせた。
「原因の候補者は四名。担任教諭、友人の常磐健一、学級委員の飯野美智、クラスメイトの黒川雫。君が行った二度の対処によって、担任教諭と飯野美智へのアプローチでは解決に至らなかったと判断できる。残る常磐健一と黒川雫へのアプローチを検証するべきだ」
「ふんふん」
恵は頷いた。この説明なら理解できた。
そして、発言権を得るかのように右手を軽く挙げた。
「アプローチって具体的には何するんだ? 前回とは違うことをするってのはわかるけど、まさか当たるまでひたすら違うことをし続けるわけじゃないよな?」
「うむ。背後にいる未来人はこのループを観測していることが予測される。その者にとって、自身が観測対象から観測されることは避けたいはずだ。であれば、君が未来人の存在を把握していることを知らせることが望ましい」
「・・・・・・えっと? つまり、どういうこと?」
「例えば、未来人と接触したと思わしき者、すなわち候補者に対し会話によって未来人との接触の事実を確認する」
「えぇ? つまりけんちと黒川さんに、最近未来人と会った? って聞けってこと?」
「その通りだ」
「いやいや、無理無理」
恵は顔の前で手の平を振った。
それがいかにバカげたことか、子供に世の常識を教える大人のように、猫を見下ろして言った。
「いいか? 普通は未来人なんていないって思われてるんだ。そんなこと言ったら、俺が頭おかしくなったと思われて終わりなんだよ」
「この時間軸の一般常識については把握している。候補者への質問方法は、恵、君に任せよう」
「結局丸投げかよー・・・・・・」
肩を落としてため息をつく。
恵はアルジャーノンに顔を寄せ、内心の焦りを隠さず問いかけた。
「あんたさぁ、未来から来た猫なんだろ? もっとないの? こう、相手の過去を探れたり時間を巻き戻せたりする未来道具みたいなの」
「先ほども話したが、私は情報体をこの猫の肉体にインストールした存在だ。基本的なスペックは猫に準ずる。現状で私に出来ることは、私の意識がアーカイブしている情報から君に助言をする程度のことだ」
そう言うアルジャーノンは身じろぎ一つしない。
発される言葉に合わせて猫の口が開閉されていたが、まるで映画の吹き替え版のように聞こえる音と口の動きが合っていなかった。
恵は先ほどよりも小さくため息をついた。
「お助けキャラとしては微妙だな。・・・・・・まぁ、俺だけで考えてても詰まりそうだったから、助かるっちゃ助かるけど」
「それと、注意事項が一つ」
一度前足で顔を舐めた後、アルジャーノンは話を締めくくる。
「観測条件は細分化されていなければならない。一日のアプローチは候補者一人。結果を見て別の候補者を選定するべきである。以上だ」
「・・・・・・はぁ。りょーかい」
恵は、深くため息を吐いて返事をするのだった。
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