第11話 ~四回目~ 出会い

 午前七時。

 アラームを止めた目覚まし時計の横で、スマホを片手に恵は固まっていた。

「・・・・・・四月、二十四日」

 目覚まし時計のアラームが鳴る十分前には起きていた。すぐさまスマホを取り、今日の日付を確認した。

 画面に表示された数字の並びを見て、かれこれ十分近く経っていた。

「・・・・・・まだ、終わってないのか」

 問題が解決していない緩やかな恐怖と、物語が終わっていない都合のいい安堵。

 それらがちょうど半々となって、恵の顔は喜びとも恐れともつかない微妙な動きをしていた。

 混乱していないのは、この展開がまったくの予想外ではなかったからだ。

 大きくため息をつき、思考を切り替える。

「とにかく、また別のことを試さなきゃ・・・・・・」

 その『別のこと』がまったく思い浮かばない問題は、ひとまず朝食を食べてから考えることにした。


 四度目となった朝食と母との会話でも念のため変化をつけた恵だったが、その成果は芳しくなく、落胆して玄関のドアを開いた。

 開いたドアの向こう。

 そこで、大きな変化が生じた。

「君が神野恵だね?」

「・・・・・・・・・・・・」

 投げかけられた問いかけにまったく反応を示せなかった。

 彼は固まっていて、何故かと言えばその状況が完全な予想外の出来事だったからだ。

 更に何故かと言えば、猫がしゃべるというおよそ彼の常識では計り知れない事態が発生したからだった。

「声量が足りなかったかね? もう一度訊ねる。君が神野恵だね?」

「待って。ちょっと待って」

 自宅の門柱の上、恵の視線と釣り合う位置に行儀よく座った猫。

 真っ白で程よい肉付きだ。首輪をしていないから野良なのだろう。

 背筋を伸ばして身じろぎもせず待機しているのは、恵の言葉を理解しているからなのか。

「・・・・・・俺の言葉が聞こえていたら、右前足を上げてくれ」

「了解した」

 返事の後に恵の指示通りの動きを見せる白猫。そしてそのまま待機する。

 聞こえる声は老人のようにしわがれていて、可愛らしい見た目と仕草のギャップに、普段の彼なら笑いをこぼしていたかもしれない。

 だがこの時の恵は目を見開いて、口を開けて固まっているばかりだった。

「その表情は、察するに驚愕だね?」

「・・・・・・確かに驚いてるよ。・・・・・・開いた口がふさがらないって、本当にあるんだね」

 なるほど、と一言口にしてから白猫は上げていた足を下ろす。

 いや今のは冗談だよ、と返事をすることもできず恵は開いていた口を閉じる。

 恵が目を閉じて、深呼吸を一度し再び目を開いたのを見計らって、白猫は問いかけた。

 しわがれた声で、機械のように同じ調子で。

「もう一度訊ねる。君が神野恵だね?」

「・・・・・・うん。俺が神野恵だよ」

 今度はしっかりと返事をした。

 白猫と視線を合わせて、その瞳が一瞬煌めいたのを見た。

「確認した」

 そしてようやく白猫は話を始めた。

 特に感情の読めない、無機質な調子だった。

「初めまして、神野恵。会えて嬉しい。私のことは、アルジャーノンとでも呼んでくれたまえ」

「・・・・・・・・・・・・」

 もう一度深呼吸する恵。

 天を仰ぎ、口を大きく開いて、はたと気づいて両手で口をふさぐ。

(なんだこれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?)

 絶叫をすんでのところで堪えた彼の自制心は、特筆すべき点であった。

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