第10話 ~三回目~ 不本意な一日
ホームルームが終了して、恵は席を立たなかった。
(とりあえず昼休みまでは何も起きない、はず)
恵の定めた指針はこうだ。
『記憶にある出来事が起きた時、記憶とは違う行動をする』
ゲームなどでシナリオが分岐するタイプのものにおいて、選択肢を一つずつ潰していってすべての展開を網羅するというプレイがある。
これにより、どこにフラグがあるのか、何がキーなのかを特定するのだ。
恵の現状の場合、どこが分岐点なのか、何がキーとなる選択肢なのかを見極めるのは困難である。
極論を言えば、階段の登り始めを右足にするか左足にするかで先の展開が変わる可能性だってあるのだ。しかしそれらすべてを検証するのは非効率である。
ならば、まずは大きくアタリをとっていくのも一つの方法と考えた。
(何より物語として面白くするなら、フラグはイベントかキーマンがいなくちゃね)
もちろん、恵は昨日(二回目の今日)に自分がとった行動を覚えている。
雫に最初の今日の出来事を確かめた。
しかしそれはあえて行動から除外する。
タイムリープの原因が最初の今日にあるならば、なぞるべき行動はその時点のものである。
(それに、あれは悪目立ちするし・・・・・・。変な注目はされないようにしなきゃ)
こうして恵は、昼休みまでを記憶通りに過ごしていった。
昼休み。
給食を片付けた恵は、自分の席で健一を含む友人数人と話をしていた。
前回までは雫に関連する話題で恵に矛先が向いた。
それでは、まったく別の話題を先に広げればどうなるのか。
恵はあらかじめ考えていた話題を始めた。
「そういえばさ、みんなゴールデンウィークの予定ってあんの? どっか行かない?」
「お、いいな! ドームシティ行こうぜ!」
「男だけとかサムイだろ~。常磐~、女子誘ってよ~」
「やれやれ、こんな時ばっかり俺を頼って。・・・・・・まぁ、任せといてよっ☆」
不意に健一が恵に目配せをし、爽やかな笑みを浮かべながら声を掛ける。
「じんじんも期待しといてよ。ここから始まるのはもしかしたら、ラブコメかもしれないよ?」
「え・・・・・・。あ、おい! そこまで気ぃ回さなくていいよ!」
健一の含みある発言に、他の友人二人が食いついた。
「え? なになに、神野、何かあんの?」
「じんじんってさ、小五の春休みからかな? なんか『主人公になりたい』とか言い始めてね――」
そこから、恵の『主人公になりたい』願望の話題へ移った。
(なるほど・・・・・・。どんな選択肢を選んでも変わらないこともあるのか)
ここでは前回と違い恥ずかしがって話さないフリをしてみたが、健一によって二人に説明された。
彼の解説は詳細でわかりやすいものだったが、結局のところ恵の心情は誰からの理解も得られなかった。
健一による恵の話で四人が盛り上がる中、一人の女子生徒が近づき声をかけてきた。
「ねぇ、神野くん。ちょっといい?」
(来た!)
「飯野? なに?」
声をかけた女子生徒、美智は、フレームレスの眼鏡の位置を直しながら恵に微笑む。
「次、音楽なんだけど、先生から人数分の楽譜を音楽室に運ぶの頼まれてて。・・・・・・手伝ってもらえないかな?」
美智の言葉にごくりと喉を鳴らす恵。
彼はここで計画を実行に移すことを決めていた。
「あー、ごめん飯野。俺、この後ちょっと用事あって」
申し訳なさそうな表情、半笑いで無理矢理顔を歪めているような微妙な表情を作って、彼女のお願いを断る。
美智は気にした様子も見せず、あっさりと笑顔で引いた。
「あ、そうだったんだ。うん、それならいいんだ。楽しそうにおしゃべりしてるから、てっきり暇かなーって思っただけだから」
(うっ。そうか、断る理由を考えてなかった)
背中に汗が流れる感触を覚えながら、恵は曖昧な空笑いを浮かべる。
黙った恵の代わりに健一が名乗り出た。
「手伝い必要なら俺がやろうか? 飯野さん」
「ううん、別の子に頼むよ。大丈夫」
健一の申し出を断ってから、ぐっと恵へ顔を近づける美智。
会話をするには、近すぎる距離。
「なんかごめんね。・・・・・・本当に気にしないでね」
「う、うん・・・・・・」
言い終えると、颯爽と振り返り去っていく。
固まってしまった恵に、健一はニヤニヤとした笑みを向けていた。
「それで? 用事って何なんだよ?」
「・・・・・・あーっと、・・・・・・の、喉乾いて死にそうだから、自販機行かなきゃ・・・・・・」
「へ~、そ~。ところで俺は炭酸飲みたい気分だなー」
健一のあからさまに恩着せがましい要求を断れる空気ではなく、便乗した坂戸と若葉の分も含めてジュースをおごるハメになった恵だった。
それから放課後までの間、特に異常なく時間は過ぎていった。
恵が健一とともに教室に残っていると、記憶の通りに、担任が図書当番の代行を依頼しに来た。
「すいません。今日は家の用事で早く帰んなきゃなんで」
がっくりとうなだれた担任はすぐさま別の生徒のもとへ向かった。
恵はカバンを持ち立ち上がった。健一も後に続く。
「珍しいね、じんじん。なんか今日は断ってばっか」
「そう? たまたまだよ」
「いいのかな~? なんか重要なイベント逃しちゃってるかもよ~? 主人公になるチャンスなんじゃないの~?」
「うっさいよ。この後あるかもしんないだろ」
笑い合いながら教室を出て、階段を降りる二人。
その背中を、曲がり角からこっそり覗く影が一つ。
「・・・・・・っ」
その口元が、悔しさを顕わに歪んでいた。
帰宅して、漫画を読んで時間を潰して、夕飯を食べて、気づけば三度目の夜を迎えていた。
恵は自室の窓を開け、風呂上りの身体の熱を冷ますために夜風に当たっていた。
「本当に、何も起きなかったな・・・・・・」
ベッドに腰かけた姿勢でぼんやりと今日のことを思い返す恵。
分岐点になりそうな選択肢で別の回答をした結果は、特に見受けられなかった。
「もしかして、これであっさり解決しちゃうのかな・・・・・・?」
それはちょっと、いやかなり味気ない。
物語として成り立たない、と不安に駆られる恵だった。
「えー、それはダメだろー・・・・・・。全然つまんないじゃん・・・・・・」
力なくベッドに倒れ込んだ恵。
意識がゆっくりと遠ざかっていく。
「そりゃ、タイムリープから抜け出せるのは、いいけど・・・・・・。こんなの、主人公じゃ、ないじゃん・・・・・・」
まぶたを閉じ、呼吸を深くする。
「それとも・・・・・・、イベント、逃してた・・・・・・?」
そしてついに、呼吸は寝息となった。
部屋の灯りが、安らかに眠る恵を照らしていた。
夜風が吹き込み揺れるカーテン。
その向こう、窓の外に、室内を見つめる輝く瞳があった。
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