第9話 ~三回目~ タイムリープ

 午前七時〇〇分。

 アラームを鳴らす目覚まし時計へ、ベッドから右腕が伸びる。

「う、・・・・・・ん・・・・・・」

 音を止めた時計の文字盤を恵は見る。

 猫の耳のように跳ねた髪を撫でつけながら大きくあくびをした。

「ふあぁ~・・・・・・、ん?」

 カーテンの隙間から射しこむ朝日を顔に受けて、昨日の出来事を思い出した。

「・・・・・・パジャマ、着てる」

 制服のまま寝ていたはずが、パジャマを着て起きた。

 ベッド脇の窓へ振り返りカーテンを開ける。眩しい朝日に一瞬目が眩んだ。

 瞬きを繰り返して目を慣らしてから、窓の外、朝の住宅街とその先の街並みを見渡す。

 いつも通り。

 だが、既視感があった。


 身支度を整えて、恵は一階の食卓に降りた。

 食卓には目玉焼きとウインナー、白ごはんと牛乳の朝食が一人分揃えられていた。

 昨日と同じ。

「おはよう、恵。あとはあんただけだから、食べたら片付けちゃってね」

「うん・・・・・・」

 台所で洗い物をする母に返事をし、テレビを点けた。

 ――七時三十分になりました。今日の天気は・・・・・・――

 壁に掛かった日めくりカレンダーを見た。毎朝父がめくっているそれが今日の日付だ。

(あ、今日って四月二十四日なんだ)

 テレビの天気予報は、週末まで快晴が続くこと、それに続くゴールデンウィークも行楽日和であることを喜ばしげに伝えていた。

「あ、そうそう。今日ね、仕事の後はアタシ近所の集まりに出なきゃだから、夜はお鍋のカレー食べててね」

「うん、わかった。・・・・・・洗濯機、そろそろじゃない?」

「あ、忘れてた! ワイシャツがしわになっちゃう!」

 バタバタと母が台所を出た直後に洗濯機から電子音が鳴る。

 テレビのニュースでは、明後日から始まるゴールデンウィークに向けて行楽地の情報が流されていた。

 一言一句違わない、聞くのは三度目になる情報を確かめて、恵は朝食を平らげた。

 まだ新しいスニーカーを履き、恵は玄関から声を掛けた。

「いってきまーす」

「はいはーい。いってらっしゃーい」

 洗面所から返される、抑揚まで同じ母の声を聞き、ドアを開ける恵。

 背後で扉が閉まったところで、想像が真実味を帯びたことを感じた。

 すなわち、

「・・・・・・俺、タイムリープしてる?」

 白い野良猫が一匹、目の前を横切った。


 上原江第一中学校。一年C組教室前。

 扉を開けて教室に入った恵。クラスメイトはまだまばらな中、自分の席の前にはすでに友人が座っていた。

「はよー、じんじんー」

 友人の健一がけだるげに声を掛けてきた。

 それに対し、恵は努めて平静を装って返事をする。

「おーす、けんち。・・・・・・えと、なんか眠そうじゃね?」

 恵が席に着くと、健一はよくぞ聞いてくれたとばかりに話し始めた。

「あ、わかるー? 実は寝ないでそのまま来ちゃったのよ。ハラ☆キルのブルーレイボックスが俺を離してくれなくて」

「アニメだっけ? 届いてすぐ観始めるとか、どんだけ楽しみにしてたんだよ」

「ん、あれ? なんで昨日届いたこと知ってんの? この話したっけ?」

「あ・・・・・・、あぁ! いや、流石のけんちも徹夜でアニメ観るパターンってないからさ。推理だよ、推理!」

「お~すげえ! 名探偵じんじん!」

 慌てて誤魔化す恵に、健一は茶化して返した。ツボに入ったのか、健一はしばらく笑っていた。

 目元を擦った健一の指には、ファンデーションの白い粉が付いていた。

 教室にクラスメイトが増えてきて、段々と賑やかになる。


 担任がやって来て、ホームルームが始まった。

 出欠確認の時にギリギリで雫が登校し、自分の席に着いた。

 一瞬、彼女がこちらに振り向く素振りを見せた。

(・・・・・・ん?)

 しかし何事もなく、朝のホームルームは進行していく。

(なんだろう? 黒川さん、こんなことしてたっけ?)

「鈴城ー」

「はーい」

「瀬尾ー」

「はい」

 担任は滞りなく点呼を続けている。

(うん、ここまでは覚えてる通り。細かいとこまでは自信ないけど、やっぱり繰り返してる)

 恵は不自然にならない程度に教室を見回した。

 欠席者なし。あからさまに不審な行動を取っている者なし。

 少なくとも、自分の身に起きていることに気づいている者はいないように見えた。

(タイムリープか・・・・・・。こういう場合、どんな風にするのが鉄板なんだっけ?)

 現象の意味がわかったところで、原因も対処法もわからない。

 恵はこれまで読んできた物語の筋道を思い浮かべた。

 ふと、自分が自然とにやけてしまっていることに気づいて、こっそり自嘲する。

(はは・・・・・・。リアルでタイムリープの対策考えるとか、普通なら自分の正気を疑うよな。素でこんな風に考えてるのって、普段の行いのおかげ、なのかな?)

 周りに悟られないように、恵はにやついていた。

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