第7話 ~二回目~ 既視感、意味深な彼女

 昼休み。

 給食を片付けた恵は、自分の席で健一を含む友人数人の話を聞いていた。

 恵はぼんやりと相づちをうつだけで、心ここにあらずの様子だった。

 ちらりと視線を泳がせる。

 そこには自分の席で突っ伏して眠る雫の背中がある。

「じんじんさー、黒川さんのこと見すぎじゃない?」

「え?」

 健一の声に意識を戻す恵。

 確かに雫を見ていた。恵自身はまったく意識していなかったのだが。

「・・・・・・あー、そうかな?」

 健一の言葉に友人の二人、坂戸と若葉が興味をそそられたように話題を拾う。

「確かになー。なんか朝も黒川さんに話しかけてたしな」

「神野って黒川さんと仲良かったっけ?」

 健一は恵を見つめながら、冗談めかして彼をいじる。

「ホントは好きなんじゃないの~? 黒川さんのこと~」

「っ!」

 健一の台詞が恵の記憶をなぞった。

 表情をこわばらせた恵は、自分の声が震えているのを自覚しながら言葉を返す。

「い、いや。そんなんじゃ、ないよ・・・・・・」

「あー、はいはい。物語が、ってやつ?」

「え? なになに、神野、何かあんの?」

 恵の様子に訳知り顔で納得する健一に、坂戸と若葉がそろって尋ねる。

「じんじんってさ、小五の春休みからかな? なんか『主人公になりたい』とか言い始めてね。何か大きなことが起きて、自分の物語が始まるのを待ってる、みたいなんだよね」

「はぁ? なにそれ?」

 そこから先の展開もまた、恵の記憶通り。

 健一だけではなく、坂戸も若葉も、雫までも昨日のことがなかったかのように過ごしていた。

 その様子に、恵はうすら寒さを覚える。

(仮に、これがクラス全員を巻き込んだイタズラだとすれば・・・・・・。いや、確かに黒川さんは昨日、頭から血を流してた。あの出血で何も痕が残ってないなんてありえない、と思う・・・・・・。だったら、だったらどういうことだって言うんだ?)


 そこへ学級委員の飯野美智が現れた。

「ねぇ、神野くん。ちょっといい?」

「え? ・・・・・・あぁ、飯野」

 美智はフレームレスの眼鏡の位置を直しながら恵に微笑む。

「次、音楽なんだけど、先生から人数分の楽譜を音楽室に運ぶの頼まれてて。・・・・・・手伝ってもらえないかな?」

「・・・・・・ん、んー・・・・・・。うん、わかった・・・・・・」

 恵は少し迷った素振りを見せた後、美智からの依頼を引き受けた。

 彼の即断に、美智は驚いた表情で首をかしげる。三つ編みに結った彼女の髪が背中で揺れる。

「あ、ありがとう。・・・・・・えっと、大丈夫だった? 常盤くん達とお話し中だったんじゃ」

「いや、大事な話ってわけじゃないし。楽譜運ぶくらいならすぐ済むだろうから」

「それなら、よかった。それじゃ一緒に来て。音楽準備室ね。常磐くん達も教室移動遅れないようにねー」

 にっこりと微笑む美智が明るい声を出す。

 軽やかに歩き出した美智に続いて、恵もまた教室を出た。


 音楽準備室。

 棚を眺めて楽譜を探す美智。

 恵は、自分の顔くらいの位置にある『シューベルト』、『鱒』と書かれたダンボールを見ている。

「楽譜って、シューベルトの鱒で良いんだっけ?」

「うん、そうそう。ダンボールに入ってて外側に書いてある、って聞いたけど・・・・・・」

「えっと、ひょっとして、これかな?」

「あ、そう、これ! ます! すごいね、すぐ見つかっちゃった」

「うん、そうだね・・・・・・」

「じゃ、下ろそっか。神野くん、取ってくれる?」

「・・・・・・・・・・・・」

 恵は記憶を掘り返す。

 ダンボールの重さははっきりと覚えている。試しに手を掛けてみるが、思った通り一人で持ち上げられる重さではない。

「あ、重い? 私も手伝うよ」

 ダンボールを掴む恵に美智が手を貸す。

 何故か恵と同じ場所を掴み、身体を密着させている。

「い、飯野?」

「ほら、力入れて神野くん。・・・・・・んっ、んっ」

 美智の柔らかい身体と柑橘系の香りが恵に押し当てられる。

 記憶通りの状態に、恵はたまらず声をかけた。

「あ、あのさ、飯野っ。・・・・・・ちょっと、近くない?」

「・・・・・・ふふっ」

 美智が、おもむろに笑った。

 恵にすり寄らせていた動きを止めて、自分の手を彼に重ねる。

「そっか。まぁ、変に思われちゃうよね。ごめんね、神野くん」

 話す言葉はいつも通りの美智だが、何かが変わったと感じる。

 何故か恵の手を撫でる美智。

 身体も密着させたまま離れようとしない。

「いや、別にいいんだけど。一回、その、離れてくれない・・・・・・?」

「ん~。もうちょっと、このまま」

 彼の手を撫で続ける美智。

 その感触に、恵は背筋がぞくぞくと震えるのを感じた。

 美智が顔を振り向かせ、至近距離で恵と目を合わせる。

「っ!?」

「ねぇ、どうして今日、手伝ってくれたの?」

「・・・・・・飯野が、頼んできたんじゃん」

 美智が顔を寄せる。

 恵には、彼女が微笑んでいるように見える。

 記憶にある通り。

「本当にそれだけ? あの頼み方だったら、他の人でも良さそうじゃない?」

(やっぱり、この展開だ。細かいところは違ってるけど、ほとんど同じ)

 更に顔を寄せる美智。

 互いの吐息が感じられるほどの距離になった。

 彼女の瞳に自分の顔が写っている。

 彼女の纏う妖艶な雰囲気に恵は固まっている。しかし、それに反して思考はやけに冷静だった。

 まるで、一度観た映画のワンシーンをもう一度観ているような感覚。

 先の展開を予測して、役者の次の台詞を思い出すように。

「私が、頼んだから? 私だったから?」

(そう。飯野が詰め寄ってきて、俺が拒む)

 恵は身を反らして、徐々に近づく美智の顔から距離を取った。

「い、飯野・・・・・・、駄目だって」

(それから、この後に・・・・・・)

 その時、予鈴が鳴り美智は動きを止めた。

 恵から身体を離す。彼の両手を包み込むように握って、普段通りの笑みを向ける。

「昼休み終わっちゃいそうだね。早くこれ持って行こう?」

 そう言うと、美智は楽譜の入ったダンボールを一人で持ち上げた。

「え!? そ、それ」

 恵には確かに重く感じられたダンボールだったが、美智は軽々と棚から引きずり出している。

 いや、やはり力は込めていたのか、床に下ろそうとする際に声を漏らした。

「ん、しょっと・・・・・・」

 ドスン、と重量感のある音をさせて床に下ろされた箱。

 中には楽譜がみっちりと詰まっている。

 それを苦も無く移動させた美智を、恵は目を見開いて凝視した。

 ダンボールから楽譜を取り出し、美智が音楽準備室を出る。

 廊下から恵に振り返る美智は、いつもの彼女の様子だ。

「それじゃ神野くん、残りお願いね?」

 その背中を目で追って、恵は呆気にとられた。

「・・・・・・飯野って、力持ちなんだな・・・・・・」

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