第4話 ~一回目~ 飯野美智という少女
午後の授業もすべて終わり、あとは下校するだけになった教室。
クラスメイトが次々と教室を出ていく中、恵はぼんやりと窓の外を眺めていた。
(あれから、飯野からは特になにもなかったな・・・・・・)
昼休み以降、恵は飯野を警戒していた。
彼女の様子を目で追っていたのだが、何事もなく放課後を迎えた。
当の飯野は放課後となってすぐさま帰宅したようだった。
(わけわかんね~・・・・・・。結局あれはなんだったんだよ? あそこで俺から誘えば、何か起こったのか・・・・・・?)
頭の中に疑問符を踊らせながら唸る恵。教室からほとんどのクラスメイトの姿が消えたことにも気づいていない。
「う~・・・・・・」
「おーい、じんじん。どうしたんだよ? まだ帰んないの?」
「・・・・・・けんち」
友人の声に顔を上げると、そこでようやく教室にほとんど人が残っていないことに気づいた。
夕日で赤く照らされた教室には、自分たちと数人の女子グループがいるだけ。
「おいぃ、けんち教えてくれぇ! 女子の意外な積極性を前に何もできなかった俺が次に取るべき行動はなんだと思うぅ!?」
「は!? え、なに女子?」
恵に突然泣きつかれた健一が慌てた様子を見せた。
教室に残っている女子達がなにごとかと振り返る姿を見て、健一は声を抑える。
「・・・・・・なになに、何かあったのじんじん? ・・・・・・午後の授業から、な~んか挙動不審だったけど、それ関係?」
「え!? 俺、挙動不審だった? ・・・・・・あぁ、いや、そう。多分それのこと」
「・・・・・・飯野か?」
健一の出した名前にどきりと言葉を詰まらせる恵。
恵の反応を見てため息をつき、健一は悩ましげな表情を作った。
「やっぱりか・・・・・・。ずっとあの子を見てたから、何かあったんだろうとは思ってたけど・・・・・・」
「お、俺、そんな分かりやすかった!?」
「いいか、はっきり言っておく」
うろたえる恵の目の前に人差し指を突き付け、ひそめた声で健一は断言した。
「
「・・・・・・は? な、なにが?」
訳が分からないといった表情の恵に顔を寄せ、しっかりと目を合わせる健一。
普段の緩んだ笑みは鳴りを潜め、真剣な眼差しを恵に向けている。
「姉ちゃんから、あの子の良くない話を聞いてる・・・・・・。夜に繁華街にいたり、大人の男と腕組んでたりしてるのを見た、って話」
「・・・・・・そ、それって・・・・・・」
「分かんない。分かんないけど、最悪、その、援交とか? やってるかもしれない」
「ばっ」
大声を上げそうになった恵の口を健一が手で押さえた。
離れた席にいる女子たちが、ちらりと彼らを見る。小さくきゃぁと声を出していやらしい笑みを浮かべているように見えるが、恵は気づかないふりをする。
「バカ、大声出すなよ」
「もがもご」
「証拠は無いよ・・・・・・。よく知らない子のことを悪く言うのは、あんまいい気しない。けどさ、少なくとも見た目以上にヤバそうな雰囲気は感じる。好きとかそういうのじゃなくても、下手に近づくのはおすすめしないな」
健一の手を押しのけ、恵は視線を落とす。
彼の話と昼休みの出来事を合わせて思い出し、顔を曇らせた。
「・・・・・・うん、わかった。気をつけるよ」
「・・・・・・そっか。悪いな、余計なことだったか?」
「いや、正直困ってたよ。ありがとな」
健一に笑みを向ける恵。その顔を見て、安心したようにため息をつく健一。
途端にいつもの緩んだ笑顔になる。
「それでー? 何があったんだよー。昼休みだろー?」
「い、いや何もないって!」
「ホントかー? ほれほれ、恋愛マスターの俺に聞きたいことあるんじゃないのー?」
「お前のそれはゲームの話だろ!? マジで、何もないって!」
じゃれ合う二人に向けて再び女子たちから黄色い声が上がる。その意味がわかる恵はことさら健一との距離を取ろうと席を立つ。
その時、教室の入り口から担任の声が聞こえた。
「お、神野ー、今時間あるか? 悪いんだけど手伝ってほしいことがあってなー」
「あ、はいはーい。なんすか?」
担任はさも困った様子で恵に事情を話し始めた。
曰く、今日の図書室当番はこのクラスの委員だったが、どうやらサボって帰ってしまったらしい。なので代わりに当番の仕事をしてほしい。部活動などが終わる十七時まで図書室に待機し、終わり次第鍵を掛けて職員室に戻すこと。一時間ほど拘束されることになる。
「本当にすまん。お礼ってわけじゃないが、これ、飲んでくれ」
担任はホットココアの缶ジュースを差し出してきた。
恵は仕方なさそうに苦笑する。
「あぁ、まぁいいっすよ。別に用事とかも無いんで」
「そうか! いや、ありがとな。また何かでお礼するからな! 助かるよ!」
担任は軽薄な笑みを浮かべて教室を出ていった。いかにも忙しそうな、うがった見方をすればわざとらしさすら感じるような退散だった。
健一が呆れたようにつぶやく。
「・・・・・・じんじんの考え方は知ってるつもりだけどさ。こういう使われ方は、良くないんじゃない?」
「いいんだよ。ここから何か始まるかもしれないじゃん?」
「・・・・・・そっか。がんばれよ」
健一はカバンを手に立ち上がった。これ以上は言うことはない、とばかりに。
彼が教室を出ていくまで見送り、恵は足早に教室を出る。
誰も居なくなった教室。
そこには恵の通学カバンと、もう一人分のカバンが残っていた。
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