#9錬金術師と少女

 別に意図して盗み聞きをしようとしたのではない。いつもどおり研究に没頭しているだろうから息抜きになればと部屋を訪ねただけなのだ。ただローグ様が工房からいなくなってしまうなんて。

 私はローグ様に助けていただいたけれど、工房の人に拾ってもらった感謝も当然あって、なら私はもうローグ様とはお別れで、このまま工房にいることになってしまうのだろうか。それはそれで嫌だ。ローグ様との日々を思い出としてしか残せないなんてそんなのは嫌だ。

 そうして気がついたときには寮を飛び出していた。

 ただとりとめもなく行き着く先もない考え事を頭に浮かべながら歩いていると不意に男の人に話しかけられた。

 はっとなって辺りを見回すがもう自分がどこにいるのか分からない。工房にも戻れない。しかし声の主はレールさんだった。もし工房の人ではなかったらどうなっていたことだろう。そう思うと自分の行動がどれだけ危ないことかを実感した。だがそんな不安は取り越し苦労に終わったのだ。そう今はまだ。


 私はそんな悩みをレールさんに聞いてもらいながら工房の寮へと戻った。私の話を一通り静かに聞いていたレールさんは最後に、

「ルリはまだ小さいんだから余計なことはあれこれ考えずに自分のしたいことをするのが一番だと思うよ」

とアドバイスをくれた。そうして私は決心がついた。

 寮に戻ると勝手に抜け出したことをアキ姉さんにこっぴどく叱られた。そしてアキ姉さんも私の話を聞いてくれた。すると、「お行き」と背中を押してくれたのでローグ様への部屋へと直行した。しかし部屋に入るとローグ様は自分で鍛えた鎌を私に向けて構えていた。


 話は少し前に戻る。

 おっさんからの提案を受けこれからのことを考えていると、突然アキナが具現化した。

そしてとても険しい表情で、鎌を出してと言われたので【ストレージ】から鎌を取り出す。するとアキナは何かの魔法陣を組み上げて鎌に付与していく。

「何してるの?」

と聞くと

「良くないことが起こる」

といつにもなく焦った表情で答えられた。鎌への付与を終え僕にわたすと、

「いつでも戦闘に入れるように警戒をして」

と言いながら更に魔法陣を展開している。ただ渡された鎌の調子がおかしい。

 魔法陣の展開が終わると状況を説明してくれた。

「奴らがここに向かっている。奴らは必ず災いをもたらす。奴らには普通の武器での攻撃は意味はない。その鎌か私の魔法があれば、そこにいる誰かではなく、奴らを滅ぼすことができる」

と。だが全くもって意味が分からない。

 だんだんと足音が近づいてくる。そしてなんのためらいもなくドアが開かれる。だがそこに立っていたのはルリだった。何もおかしいところがあるようには思えない。

 するとまた勝手に【鑑定】が発動する。見た目には何も問題はないが、状態がおかしい。【鑑定】は発動しているし、目の前にその様子も見えている。だが何も納得できない。黒光りした立方体が連なって紐のように首元に巻き付いている。

 そしてその立方体が内側から更に立方体を生み出しアキナの方へと意思を持っているようにうねうねと近づいている。

 それを鎌で断ち切ると何か禍々しい悲鳴とともに床に落下し、その落下した先でまた増殖を始めた。

 そのあまりのおぞましさに足がすくんでしまう。すると今度は赤い魔法陣が展開し床の物体を燃やしている。アキナの魔法か。そして石の断末魔を聞きながら我に返る。

 ルリにまとわりついている『何か』その本質を切らなければならない。でなければさっきのように飛び散るか、そこにいるルリを傷つけてしまう。

 すると鎌の付与された魔法陣が展開され、収束していく。そして一思いにルリの首を左耳から右肩にかけて鎌を振った。ルリは驚きと恐怖のあまり動転して逃げ出した。そしてまとわりついていたものは鎌の魔法のおかげか、また汚い断末魔を上げながら消失した。

 そして一息つく間もなく、アキナに襟を掴まれて窓から中庭へと落下する。井戸のそばでルリが怯えているのが見えた。ルリの目線の先にある食堂の方を覗くとあの石が跳梁跋扈している。どうやらあの石が見えるようになったらしい。工房員にも見えている人と見えてない人がいるようで大変な騒ぎになっている。

 アキナは一際大きな魔法陣を開き食堂にいる石を焼き払っていく。どうやらあの断末魔を聞くと必ず石が見えるようになるらしい。わらわらと人が中庭へと避難してくる。

 最後におっさんが姿を表したのだがその姿は異形とも呼べる姿だった。腕や足からあの石が触手のように生え、ボディープレートのように前を覆い、手には黒光りした大剣を持っている。

 アキナはあっけに取られてる僕の頭を触り、勝ちなさい。と耳元で囁いた。

 アキナにそう言われると考えるより先に足が動いていた。鎌を【ストレージ】に収納し、腰に装備した短剣をそれぞれ両手で構える。振り下ろされた大剣を右に避けるとそのまま横振りになってこちらに向かってくる。それを両手の短剣でクロスして受けるが、今の一撃で両腕は痙攣してしまったし、両方の短剣にヒビが入ってしまった。

 そのまま上に飛び上がり魔法を発動しようとするが、飛び跳ねた高さがおかしいさっき飛び降りた四階の窓を颯爽と通り過ぎて更に高くへと体が浮く。

 だが更に速いスピードでおっさんも空を飛んでいる。僕もそうだがおっさんの身体能力がおかしい。多分僕はアキナに魔法をかけられているのだろうが、おっさんは魔法もなしに飛んでいる。石にはこんな力もあるのだろうか。

 そしておっさんの構えている大剣の形が変わっていく。重々しい重厚な質感からしなやかなサベールへと形が変わっている。まずい。大剣ならば一度躱せば大きなすきが生まれるが手数で攻められるとこんな空中で防ぐ術がない。

 あと少しでおっさんの間合いに入るというところで赤い稲妻がおっさんを撃ち抜く。アキナの方へと視線を送り今の魔法陣を【コピー】する。

 【ストレージ】から魔石を取り出して僕のマナをアキナのマナに変換し、さっきの魔法として打ち出す魔道具を即席で作る。

 落ちていくすでに意識を取り戻したおっさんに向けて魔法を連発する。極めて精度がよくないので直撃はしないが確実にダメージになっているし行動も制限できている。

 するとサーベルが今度は大盾へと形を変えていく。これで稲妻でダメージを受けることはなくなったが、盾などあの鎌の前では無意味である。【ストレージ】から鎌を取り出し風の魔法陣を略式で起動し空気の足場を作ってそれを蹴って自分の落下速度を上げる。そしてその勢いのまま盾ごとおっさんをぶった斬る。

 ものすごい断末魔とともにおっさんから石が剥がれて消失していく。そしてそのまま地面に衝突する前にアキナの【フライ】の魔法で間一髪間に合った。

 

 

 



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魔石術師 kana @umihimekaho

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