#7錬金術師の摸索

 部屋を整理して広いスペースを作り、それなりの量の羊皮紙と魔石を用意して僕とアキナは陣の形成を始めた。

 まず前提条件、魔素の性質を変換する魔術が発動できること。そのためには出力先の魔法式に見合ったマナに変換しなければならないのだが一々それぞれのマナに変えるために式を組み立てていたらキリがないのでそれは後付けで設定できるようにしないといけない。身体強化のように属性のない魔法使うときの陣を大元として開く。入力と出力の方向を集束の要領でそれぞれ一か所に集める。入力される魔素は魔石から送られるため基本的に同一。それをマナとして出力するには一体何をすればいいのだろうか。全く分からない。

「アキナ、どうしたらいいか分かるか?」

と丸投げするように聞く。

「マナの性質を表す式をオリジナルで作ってそれに見合うように変化させるとか…ですかね?」

大雑把な質問だったが、僕の意図を完璧に汲み取った答えが返ってくる。

「と言っても性質が何か分からないからな」 

「それぞれも魔素が性質を持っていたら、それぞれの属性で同じ魔素が使えてるのはおかしいですよね」

「というかそもそも何で魔石に魔素を入れるとマナに変換されるんだ?」

とアキナの方を向きなおしたらポカーとした顔で呟いた。

「考えたことありません」

「まぁ、だよね…」

そんなものなくても自分の力の方が強いだろうし。

「魔石を【解析】で調べてみるか」

「そうですね。それが良いと思います」

そうして魔石に手をかざして【解析】を使う。だが魔素の流れがよく見えない。これじゃあまるで物質として移動しているという感じではない。それを無理に観測しようと、すると一瞬の内には固定された粒子もその直後には観測出来ず見失ってしまう。

「常に動き続けているものか…、風とか、水とか…。でもそれだと【解析】で読みとれるはずだしなぁ…」

と、ぼそっと独り言を呟くとアキナがむすっとした顔を向けてきた。

「マスターは結局私を頼よらないのですね」

「あぁ、ごめん、ごめん。えっと、えっとね、魔素の動きは一般的な物質とは勝手が違う感じで、ずっと一方向に流れ続けてる風とか、水みたいな感じなんだ」

するとアキナは少し顔を傾げ真剣な面持ちで話し始める。

「それだったら、波みたいな感じではないでしょうか?」

『波』か、確かにこの動きを表すのに最もふさわしい言葉だ。

「そしたら波のベクトルを読み取ってみては?」

「波のベクトル?」

と首を傾げると説明してくれた。

「雷とか、…ああそうですね。声とかもそうなんですけど、波は発するものが一緒でも性質が変わることがあるんですよ」

「なるほど。そんなことがあるのか」

知らなかった。そんなことどんな文献にも見たことがない…。まさか、禁忌に触れるものなのか…?

【禁忌魔術】は一度の行使でも世界を震撼させるような破壊力と印象を纏った魔術。それに関する文献は第一種秘匿文書にしていされ、あらゆる研究・分析が禁止されている。世界の安全の為にそれが行われる程の危険を伴うほどの異常な術式。アキナならもしかして…、とか思ったけど、そういうことには出来れば触れたくないと思っていたがもしかしたらもう手遅れなのかもしれない。

 また魔石に向かって【解析】を使う。今度は波とやらを意識して…。するとさっきは見えなかった情報がたくさん見える。

 魔石に入っていく魔素の波形は全て同じだった。だが魔石でマナに変換された後は波がいくつか立体的に重なって、まるで紡がれた糸のようになっている。

魔石を陣の上に置き第四陣の代わりする。するとその紡がれた糸が何本も魔石から出て陣に吸い込まれていく。

さらにその波のベクトル?というものに【解析】をかける。すると波形が読み取れる。魔素から読み取れた波形はずっと一定の間隔で動き続ける線だった。逆にマナから読み取れた波形は2つ。2つとも魔素の波形とはかなり形が違う。線の触れ方が大きかったり、線の触れている部分の間が短かったりしている。これが性質の違いか…。マナの方は複雑すぎて良く理解できないが、それはこれから調べるとして、もしかして僕は凄い発見をしてしまったのではないか。


 でもこのベクトルを何かに写せないことにはよく調べることが出来ない。【解析】を使うためには集中力がいるので他のことするのは厳しい。どうにかならないものか…。

「アキナ何かいい方法知らないか?」

「そうですね…、映像系の魔術でもスキルを使用した状態は反映されないでしょうし…」

【情報記憶術式】か、それならベクトルの動きまで表せるな。でもいささか高位な魔術だし、魔道具は凄い値段が付く代物だな。どちらにせよすぐにその術式を使って調べるのは無理か。

「しょうがないから書き写すか」

「大変ですよ?」

とアキナが首を傾げている。しょうがないじゃん。他に方法なんて無いんだから。

三度【解析】を使う。まず魔石から。波の動きに合わせて用意した羊皮紙を指でなぞり線を書いていく。スキルと手の動きだけで脳が蒸発しそうだ。これじゃあマナの方はさらに厳しくなりそうだ。マナは波を一本ずつに分けて記す。すると波形は複雑に入り組んでいるようだったが意外との数は少なく三本だけだった。

 書き写した線を見たがあながち間違っていない。まぁいいだろう。そしたら波形の見比べる。だが基準がないことには違いがよく分からない。波がどこを基準に揺れているのかも分からないし。グラフを書くか。そしたら基準になるのはやっぱり魔素の波形か。

 それぞれのマナの波形を魔素の波形に合わせると一つはぴったりと合ったが、他の二つは合わなかった。いや僕の書き写すのが下手だったからじゃないよ?つまりマナは二つの波を合わせた形のものであり、その波形がマナの属性を示すのであろう。

 試しにアキナに向かって【解析】を使う。そしてアキナの体を流れている生体マナの波形を観察する。魔石のマナは読み取ることが出来たけれど、アキナのマナは読み取ることが出来ない。波の数がより多く、複雑に絡み合っていてそれが波だと理解するのがやっとだ。

「マスターは先程からこちらを向いて何をなさっているのですか?」

と純粋に疑問を投げかけてくる。

「ああ、ごめん、ごめん」

「もしかして私でよからぬ妄想を…」

と自分で自分を抱きしめている。

「いや、してないから」

「まぁ存じておりますけど」

「アキナのマナを【解析】してみたんだ」

「へー。で、どうでしたか?」

「いや、してみたにはしてみたんだけど、分からないんだ」

「分からない…ですか?」

と首を傾げられる。

「ああ、明らかに波の数も多いし、波が複雑に絡み合いすぎて観測しきれないんだ」

するとキラキラした目で喜ばれた。

「私のマナってそんなに特殊なんですか!」

「あぁ、普通じゃないからあの時術が発動しなかったのか…」

と先日の戦闘訓練を思い出す。

「どうされたのですか」

「前に実践でマキナのマナを【コピー】して使おうとしたことがあるんだけど、うまくいかなかったんだ。それでその理由はマキナのマナにあるんじゃないかと思って」

「なるほど…、というか私のマナ【コピー】出来るんですか?」

とそっちに興味を向けられてしまう。

「出来るも何もそのためのスキルみたいなものだし」

「じゃあ、私が生体マナを使わなくてもマスターが【コピー】したマナを使ったら、今の私でも魔法が使えるじゃないですか!」

確かに…、と思い【ストレージ】からいくつかの魔石とプラチナを取り出す。そして魔石に式を書き込む。マナを集めることは魔石自体の機能としてあるから、取り入れたマナをさっきの感覚だけで【コピー】したマキナのマナに置き換える式。マナは魔導具を装着した術者に送られることをイメージして…。魔石に式として付与する。

 他に取り出していたプラチナを形成の陣に乗せ、リング状に形成、魔石をはめ込む枠をかたどり、そこに魔石をはめる。

そして完成した魔道具をマキナに渡そうと手を出すように言うと、いささか無粋ですよ?と言われた。一瞬なんのことだろうかと思ったが左手を差し出されて理解した。

「ごめんね、マキナ。気の利かないマスターで」

そう言いながら薬指にリングを通す。マキナは薬指に輝く魔石をじっと眺め、両手で握りしめる。

「マキナ、マナを通してみてくれるか?生体マナじゃなくて外気マナを使って」

コクリとマキナは頷いて第一陣でマナを通す。すると魔石の陣が展開され、起動する。

「どう?魔導具は?作動してる?」

「はい」

ととても嬉しそうにしている。

 そのまま喜びに浸っていたら部屋のドアが開いてルリが顔を出した。

「お昼の時間だそうです」

と呼びに来てくれたらしい。

するとマキナがルリを手招きして不意に窓を開ける。僕もルリも手を引かれて、四階の窓から中庭に落ちていく。真っ逆さまに落ちていった僕たちだが、二階ほどの高さで急に落下が止まる。何かの陣が展開され三人を包んでいる。そのままゆっくりと中庭に着地する。食堂から唖然とした様子でおっさんやアキ姉、他の工房の職員もこちらを見ている。

「おい、マキナの嬢ちゃんそりゃあ、【フライ】かい?それにしても魔法は使えなかったんじゃないのか…?」

「いえ、使えますよ。今ならこの魔道具のおかげで」

と左手を見せびらかすように掲げる。

「そりゃあなんだ?」

とおっさんは目を見張っている。

「魔道具です」

とアキナは目を光らせて言うがそんなことは誰が見ても分かるだろう。魔石が組み込まれているし。

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