#5 錬金術師の武器
今日はレールさんの座学もない。ただのタイマンである。鍛錬場には大量の武器が落ちていた。
「おお来たか、小僧。じゃあ、好きなのを一つとれ、それで今日一日死なないように努力しろ」
峰内の大剣を肩に乗せたおっさんが言う。嫌な予感しかしない。
「はぁ」
取りあえず、僕がまともに使える武器である大鎌を両手で持ち、短剣を腰に控えておく。
「じゃあ、ルールを言うぞ。小僧は身体強化の魔法を使うのは禁止だ。それ以外の手段は何でも使え。あぁ、命に関わるもんは使うなよ」
「工房長も身体強化は使いませんよね」
一応、確認のつもりで聞く。あれがあるとないとじゃ全然、戦闘のレベルが変わる。
「いや、使う。質問はそれだけか」
はぁとため息をつく。もう無茶苦茶である。
「じゃあ、行くぞ」
おっさんの地面に白色の陣が開かれる。属性のない魔法、恐らく身体強化であろう。そして、その陣が凄い密度の光で満たされていく。そして数刻後、魔法が起動する。
風を切る猛烈な轟音とともにおっさんの姿が視界から消える。
予め【解析】を起動し、辺りの魔素の動きを計測しておく。強化された相手を強化しない状態の目で見ることは出来ない。なので、その周りを観測することで間接的におっさんの動きを予測するしかない。
どうやら、おっさんは一度距離を取って加速してから剣撃を与えるつもりのようだ。右後方から大剣をフルスイングの構えで、距離を詰めてくる。到底、あの剣を止められるわけないので、体をおっさんの間合いのなるであろう場所から逃げる。元居た場所のおっさんの顔の高さに短剣を投げつける。
間合いから出ると同時におっさんは突っ込んできた。いや、あの短剣が無かったらこの一撃で終わっていただろう。剣を見て動きが多少ゆっくりになったのである。
その隙に風魔法を第四陣まで一度に開き、略式で起動準備する。
「ふッ」とおっさんの笑った声が聞こえる。本当に感じが悪い。そして喜んでいるのだと思うと本当に嫌な人だ。
そんなことが一瞬頭によぎった間におっさんは軌道修正し、こちらに大剣を振る。それを見越して魔法を起動し大気を圧縮して作った見えない壁と風圧でその剣撃を上に逸らす。
体の上方に【コピー】で大気の壁を作り、安全を確保して両手で大鎌をおっさんの足を掬う形で振りかざす。が、それが当たることはなく、間合いを取られてしまう。
「おい、小僧。どうやって動きを見切ったんだ?これを見切れたやつなんぞ、この工房には一人もいねぇぞ」
どうやら、会話ターンに入ったらしい。おっさんは体のあらゆる速度を上げる方向で身体強化を使っているようだ。体の動きが早まると必然と処理する情報量が増え体には大きなストレスとなる。だから休憩だろう。
「たまたまですよ。偶然」
そう言いながら、新しく風の魔法を形成する。外気マナでは無くマキナのマナを僕の生体マナを元に【コピー】して。それにより、行える魔法の処理数が増加し、必然と威力が上がる。
「偶然であんなとこに短剣があるわけないだろう」
「そうですね」
範囲はおっさんの周りの空気、魔素は空気に含まれているため、真空にすれば魔素は取り込めず、強い魔法は扱えない。ましてや速度上昇の身体強化なんて無理だろう。
「よし、休憩は終わりだ。もう一本行くぞ」
そう言うとまたおっさんは魔法陣を開き魔素を集める。そして起動する直前に僕の魔法を起動する。
が、うまく作動していない。魔力が上手く陣から解放されない。
「ふッ」とおっさんは不敵な笑みを再び浮かべ、歩きはじめる。
おっさんが今使っている身体強化は速度重視では無くて、パワー重視だ。魔法陣を見ていなかったことと、今起動している魔法がまともに起動しない上に、体に与える影響が大きすぎて動くのが遅れた。
そしてボディーブローを決められ、ひとまずこの訓練は終わった。
そして僕が回復したら、反省会が始まった。
「お前の魔法を制限しておいたのは正解だったな。お前は魔法で相手にダメージを与えることは考えるな」
頭の中にクエスチョンマークが浮かぶ。なぜ魔法を使ってはならないのだろうか。
「お前が初めに使った風魔法は良くできてた。だが、その後のあの魔法は何だ?まるで制御できてないじゃないか」
「そうですね。あの形でマナを使ったのは初めてでしたし」
上手くいくはずはないと続けようとしたらおっさんは割り込んで否定をしてくる。
「そういう話じゃない。陣の中に魔素を貯めるまでの時間が長すぎるんだ。それでさっき俺は強化の方法を変えた。見えていたから出来たことなんだ」
「そうですか…」
やはり、僕には魔法の才能はないのだ。あの魔法使いの様にはなれないらしい。
「まあ、魔法の話はここまでだ。ここは錬金工房だしな。さあ、なぜ俺は武器を使った実践を行ったと思う?」
「それは、武術の訓練のためだとばかり」
だって、やってることタイマンだもん。
「まあ、それもあるが、そうじゃねぇのは分かってるようだな」
いや知らんけど、と思ったが胸の内に秘める。多分おっさんは僕のことを買い被っている。
「今、錬金術で主に作るのは生活に使う魔道具よりも、戦闘に使う武器だ。武器を作るにはその武器の使い方や特徴を知って、その短所を薄くしたり、長所を更に伸ばしたりするためだ。オーダーメイドなら尚更、個人に見合った性能が引き出せるように作らなければならない。それは実際の使用感が無いんじゃぁ極められねぇ」
「なるほど」
確かに大鎌も使い方自体は本に載っているが、それ通りに使うわけではないし、戦闘では一瞬の判断が勝敗を左右する。道具に気をかけている暇はない。
「だからこれからの実践はあらゆる武器の使用訓練だ。元々この工房にこんな鍛錬場があるのは作った魔道具の使用実験をするためだしな」
つまりこれからの実践はだのおっさんのシゴキは一時的に終わり、練習という形になる。
「それと、聞きてぇことがあるんだが」
「何ですか?」
「この工房には鎌に特化して訓練してたやつがいないんだ。それでこれから工房の野郎に指南してほしいんだ。正直、俺も本で読んだ程度しか知らねぇし、そもそも鎌自体の依頼も少ねぇしな」
鎌は死神を連想させる武器であり、人々からは敬遠されることが多い。よって使い手も少ない。だから依頼も少なくなるってことか。だが戦闘では逆にその分、鎌の勝手を知る人も少ないので、情報量の差で鎌使いが勝つことが少なくなく、それが更に死神の悪評を煽り不安を煽る形になっている。
だが、僕が大鎌を好んで使っている理由はそうではない。単純である。あの夢で見た魔法使いが大鎌を振るっていたからである。だが、僕が普段使う大鎌は大人の背丈ほどの大きさがあり、今の僕の背丈で通常の大鎌を振るうのは非常に難しいのであるため、保険としてお父様から短剣も使えるようにしようと提案されていた。
「はい。教えられることがあれば何でも言ってください」
「じゃあ、そのうち頼むよ。それじゃ、大剣を持て、俺が一番得意な武器だ。それから指南してやろう」
そうして、それからずっと武器を変えながら訓練は続いた。
ご飯を食べ終わって、部屋に戻るとアキナはクローゼットの僕の服を物色していた。
「あの~?何してるんですか?」
「う~ん」
と言いながら更に物色を続けている。聞いてないな。
「何してるんだ?」
と言いながら、首根っこを掴んで持ち上げる。すると恐る恐るアキナは振り返る。
「こんなデザイン性も何もない服を着て恥ずかしく無いんですか?」
「そうか?どうせ訓練か、座学しか無いし、別に気にしなくていいだろ」
「そんなぁ、ファッションは意外と大事ですよ。イメージ的な意味で、特にマスターには重要です!」
「地味にひどいこと言って無いか?」
すると、いつからいたのか後ろからルリも批判してくる。
「いえ、ローグ様のファッションセンスは壊滅しています!」
「やっぱ、ひどいよね。君達」
「服買いに行きましょうよ」
と、ルリが提案してくる。
「いいですね。マスター!買いに行きましょう。私が服を選ぶの手伝いますから!」
「でも、お金ないよ。工房では基本的にお金は要らないからって、持たせてもらえなかったし」
「え?マスターは貴族じゃなかったんですか?」
「いや、貴族だよ。無駄遣いが嫌いな貴族も最近は多いからね?」
「そうなんですか…」
どうやら『当時』はいなかったらしい。
「うん」
すると先ほどよりも顔を明るくして提案してくる。
「じゃあ、せめて、マスターの服に刺繍でもしましょう。安上りですし、多分姉さんが用具くらい貸してくれるよ。ルリも昼間は暇だし、内職ってことにして教えてもらえば…」
「じゃあ、任せるよ」
そんな細かい作業は僕向きじゃない。昼間は二人とも暇だし、やることが出来たというとこだろう。
いえ、マスターの服なんですから、マスターもしてください!」
「え…、僕もするの?」
「多分、錬金術でも、細かい作業は必要になるでしょうし、集中力付ける練習だと思えば…」
無理やりな理由をマキナが押し付けてくる。
「それ、だいぶ強引じゃない?」
と独り言をつぶやくとルリが喜びに満ち溢れた表情で話しかけてくる。
「ルリも、ローグ様と一緒に、したいです!刺繍」
今までなにも出来なかったルリがそういうんだ。
「そうか、ならするか…」
こんなに期待されたら、やらざるを得ない。
そうして、昼間は武術と座学、夜は刺繍の日々が始まったのであった。
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