#4 錬金術師の訓練

座学

錬金式の構築・改変

永遠に文字を追いかけること三時間。


実践

魔術の効率的な利用・改変・対戦形式の模擬戦闘

理論講義三十分、実践講義四時間半。


 理論講義までは平和だった。レールさんがマナの適切な収束方法や今僕が使っている魔導式の改良などの講義をしてくれた。一つ言うなら非常に実践に偏った内容であった。

 問題は実践講義である。最初は陣の展開速度を上げたり、陣にマナを貯める速度を上げたりしていた。しかし、それはほんの一時間程でそれからはおっさんとずっと模擬戦闘をしていた。おっさんは非常に大人気なく、まともに防がないと怪我になるような魔法を行使したり、体格の差を利用した体術や柔術を用いて一回、一回の戦闘の度に半殺しにされ、治癒の魔法をかけられ無理やり続ける。もはや、訓練の名を借りた拷問。

 最初の方は一つ一つの陣を意識しながら展開していたが、そんな余裕も無くなり、回数を重ねるごとに陣の展開速度とマナの収束だけをイメージした状態で魔法を行使している。体感では分からなかったが、やけくそにも思える陣の扱い方のせいで起動までの速度は各段に速くなっていた。初めからすれば五分の一ほどの時間で魔法を行使している。その分、発動にミスが生まれ、思いもしない威力や方向に行使されることもあったが、それも減ってきていた。この雑な訓練のおかげで僕の魔法の制御のスキルは格段と上昇していた。まぁ、その時の僕は気付かなかったのだが。

 最後の訓練が終わると、おっさんは僕に治癒魔法をかけることなく立ち去ってしまった。「寮に帰るまでが最後の訓練だ」とかなんとか言って。

 明日からの戦闘訓練では武器も使うらしい、しかも剣、太刀、槍、鎌、投げナイフなど一通りの武器を一日で試すそうだ。どうなってんだ、おっさんの頭の中は。

 そのまま地面を這うように寮まで帰ると食堂に直行し、一気に食べられるだけご飯を詰め込んだ。アキ姉さんは見た目には似つかず、料理が凄く美味しかった。食堂のテーブルには元首輪の少女とマキナが座っていた。そう言えば、まだ元首輪の少女の名前を聞いていない、話すときに普通に不便なので聞く。

「君、名前はなんて言うの?」

すると、少女は食事の手を止めて答える。

「ゴミ?豚?能無し?役立たず?」

「もういいよ………はぁ」

聞くに堪えない言葉が並んだのでやめる。少女の親がとんでもない糞野郎だってことがとりあえずたっぷりと分かった。いつか吹っ飛ばしてやりたい。

「そうじゃなくて、名前だよ。姓名とか」

「知らないよ?いつも呼ばれてたのは、さっき言ったやつとかだから」

「でも、そうは呼べないよ」

するとマキナが会話に割り込んでくる。

「じゃあ、マスターが決めればいいんじゃない?」

ああ、なるほど、と少女は頷いて、お願いしてくる。

「では、ローグ様。私に名前を下さい。そして貴方に主従を誓いま…」

「誓わなくていいから。でも名前は決めないとな。えーっと」

少し考えこむ、名前は人の人生を縛るものだから適当に決めるわけにはいかない。

「じゃあ、エルトア=ルリにしよう。僕の家の苗字を与えることは出来ないから文字ってエルトア、下の名前は雰囲気でってだけだけど貴族以外は二音以下の名前しか認められてないし」

「はい。では今日から、エルトア=ルリと名乗ります」

と満面の笑みで言い放ったルリはそのままアキ姉さんとおっさんに自分の名前を教えに行った。おっさんは親指を僕に向かってたて、アキ姉さんは微笑みをくれた。喜んでくれたようだ。

 そんな調子でまた食事に戻ろうとすると向かいに座っていたマキナの体が揺らめいた。すぐに体勢を持ち直したがふらふらしている。不安に思い、隣に腰かける。

「大丈夫か?マキナ?」

「ちょっと、頑張りすぎちゃいましたかね。もう体が動きません」

「マナ切れか?」

「いえ、違います。純粋に生気が無くなっただけです。人型ですが、精霊の類なので」

ふぁ~あ、と大きなあくびをして寝てしまった。僕にもたれかかる形で。何となく寝ているマキナの頭をなでる。すると、マキナは勾玉の形に収束してしまった。僕はそれをポッケに入れて、食事を続けた。

 食事を終えて、部屋へ戻る。ルリもついてきたが。ベットに寝転がり、ポッケからさっきしまった勾玉を取り出す。今までよりはるかに赤みと透明度が上がっている。勾玉を布団の上に置いて、第一陣で純粋な生体マナを流す。するとやはり勾玉の周りの空気と魔素が凝縮されて人の形に収束する。すやすや眠ったマキナが具現化された。

 熟睡していたはずだがすぐに目を覚ます。

「マスタ~、おはよう~。でもまだ、マナが足りないのです」

寝ぼけてるなマキナは、言動はいつもと違う。

「マナがもっと欲しいのです。もっと~」

そして僕の頬を持って顔を近づける。そして唇を近づけてくる。その唇に右手の人差し指と中指を当ててそれ以上の前進を止める。そして、左手で陣を開いて生体マナを半ば無理やり流し込む。

「ボフッ」

とマキナは謎の声を出しうずくまる。

「酷すぎます。こんなの酷すぎます」

「何が?」

マキナがうずくまっている状態のまま顔だけ上げて抗議する。

「マスターがまだ、マナの補給が完全じゃなかったのに勝手に呼び出して、その上マナの供給をあんなに適当な方法でするなんて」

「それはごめん」

「別に謝ってほしかったわけじゃなくて…。ただ、これからは気を付けていただきたいかな?と、少し思っただけです…」

マキナは僕の謝罪に戸惑っている。従者に主人が感謝の意を述べるだけでも異常なことなのに謝るとかどうしたら分からなくあるのもうなずける。

「というか、なんでそんなに早くマナが無くなるんだ?精霊は大きなマナの保有量があるはずだけど」

「それは私が信仰によって生まれた精霊ではなく、個人の意思によって生まれた精霊だからです。信仰によって生まれた精霊は本質的には悪魔と何ら変わりはないのです」

精霊は聖に属するもので、悪魔は邪に属するものだ。全然違うはずだ。

「生まれ方はどちらも同じ、人間からの信仰です。精霊は主に救済を望んだものなので、女体が多く、力はある程度しかありません。逆に悪魔は破滅を望んで生まれたものなので、怖い見た目をしていて、圧倒的な力を持っています。ただ、それだけの違いなのです。私は精霊なので、力はほんの少ししかありません。一部、アキナの記憶を受け継いでいますが、人間に劣っているこの体ではまともに魔法も使えません」

「精霊なのにか」

「気にしてることをそんなにサラッと言わないでください。凄く不便なんですから」

「すまない。じゃああれか、悪魔に聖の望みをすれば聖のために力を使うのか」

「はい。ですが、人々の邪な心を大きく向けられてしまった悪魔は、文字通り『悪魔』となってしまいます」

「じゃあ、精霊もか?」

「はい」

僕は少しばかり邪なことを考えてみる。

「いや、影響されませんから」

「バレてるのか」

「従者にはマスターの感情が終始流れているのですよ。例え、マスターが無意識の内でも」

「じゃあ、夢とかもか」

「はい。昨日夜は最悪でした」

「僕は何も覚えてないけどな」

「夢ですからね」

凄く話がずれてしまったので戻す。

「それで、マナはどのくらい持つものなのか?」

「一日、だいたい日が上ってから、落ちるくらいまでです」

「魔法を行使たら?」

「すぐに勾玉なります。それで三日は動けません」

「じゃあ大魔法なんて行使しようとしたら…」

「数年は動けないでしょうね」

「じゃあ、くれぐれも使わないでください」

「そんなに私のことを大切に思ってくれているのですね」

「ああ。そうだよ」

別に包み隠すことでもないと思ったのだが、マキナの顔は真っ赤である。

「凄く大切に思ってるからな」

「し、知ってますから!改まって言わなくても…」

と言うと布団にくるまってしまった。そして、そのまま勾玉に戻っていた。今日はおっさんの無謀な訓練のせいで凄く疲れてるし、明日もそれが待っているので、僕もそのまま早めに寝ることにした。勾玉を両手で握って。

僕が目を覚めると手の中、いや腕の中にはマキナがいた。落ち着いたようにスヤスヤと眠っている。僕はその姿に見とれてしまい頭を撫でた。すると背中の方、この部屋のもう片方のベットのある方から声がする。

「お二人は主人と従者の関係では無かったのですか?」

そして、その声はさらに続く。

「もしかして、精霊にそんなこと頼むなんて…」

頭だけで振り返るとそこには明らかに作りであるが驚愕の表情をしたルリがいた。

「いや、そんなこと一つも頼んでないから」

素直に真顔で反論する。すると胸の中で「う~ん」という声がする。恐らくマキアが起きたのであろう。そちらに顔を戻す。

「おはようございます。マスター、…?、…!」

自分の置かれている状況を冷静に判断したつもりのマキナは手を僕の背中に回してくる。それを見て唖然とするルリ。

それにより、正しいことを理解したマキナ。頬を真っ赤にして訴えてくる。

「べっ、別に、勘違いだから、です」

僕にかぶさっていた毛布を全て奪い、くるまる。もごもごした声でまだ何か言っている。

「と、というかなぜ、マスターは私のこと…。」

そのくるまった毛布を回転させながら開く。すると、持つ毛布を失ったマキナは両手を遊ばせていた。

「違うから、それは勘違い。まさか寝てる間に勝手に勾玉から戻るなんて知らなくて」

「勝手に戻ることなんてありません!」

「?」と疑問が生まれる。今までも勝手に出てきたじゃないか。僕の体を勝手に使って、魔法陣を展開して?多分、夢の中ででもしようとしたのだろう。深く考えても分からないしめんどくさい。

「ごめん。多分夢か何かでも見ていたんだろう」

「まぁ、マスターがそういうならそうなのでしょうけど」

「じゃあ、ご飯食べに行こうか」

と僕たちは食堂へ向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る