#3 錬金術師の勾玉

 本当にすることが無くなってしまったので寮の周りを見て回ることにした。寮には古びた井戸がある中庭があった。そして、その井戸にもたれかかるように一人の全く感情のない表情の顔をした少女が座っていた。黒色のその華奢な体には似つかないいかつい首輪を身につけている。とてもそんな趣味があるようには思えないし、何かそうではない見ることを心が拒んでいるような不快感がある。声を掛けようと思ったが僕が中庭に来ていることにすら全く気付いていない。すると中庭に直通している食堂からアキ姉さんが話しかけてきた。

「その子が気になるのかい?」

まあ、本質的にはそうなので、「はい」と頷く。

「その子は元は貴族の子だったんだけど、親に捨てられちゃってね。それを工房長が拾ってこの寮に置いてるんだけど、その子の親がつけた首輪のせいで表情も変わらないし。全くひどい親もいるもんだね。」

「奴隷化の首輪か…。」

話には聞いたことがある。人を使役することの出来る首輪型の魔道具があると。でもこんなに強い命令が下すことができるものだっただろうか。それに主人に捨てられたのに解除されていないのは何故だろう。

「あの首輪、外せないんですか?」

「うちの野郎どもが色々試してるんだけど、どうにもダメっぽいね。近代の魔術の代物じゃない、もっと世界の本質に近づいたもの、とかなんとか。詳しいことはよくわからないけどね。まあ、挨拶くらいはしときなよ。寮ではお前さんの先輩にあたる方だからね」

「はい」

と答えてその少女に近づくが、本当に反応が無い。

「僕は今日からこの寮に来たエルトミア=ローグだす。よろしく」

やはり無反応である。そして、僕はその印象的な首輪に視線を移す。すると急にその首輪に見覚えを感じた。この人生始まって以来、文献で読んだことはあれど、見たことなんてないはずなのに。

そして今ズボンのポッケにあの勾玉があるのを思い出し、ふと取り出して勾玉を眺めてみた。そこまではなんとなく覚えている。


 そこから先は少しあとに思いだしたことと、食堂から見ていたというおっさんとアキ姉さんとその少女の話による。

 勾玉を見た僕の黒目は赤色に染まり、髪の毛の色も赤色に染まり、地面に着くほどに長く伸びた。そこから、僕は誰かの声と重なるように神話の祝詞を唱え始めたという。

「っ」

と呼吸を整えてから第一陣を起動し、その陣の真ん中に勾玉を添える。すると陣は赤色の紫電を発し、空に極光を生み出す。陣は八つに複製、分離する。そして、それを繋ぐように正方形の陣を二重に開く。その陣は次第に真っ赤に染まっていく、その陣の中にある八つの陣は中央の勾玉の周りを回転し徐々にその速度を上げて、それぞれの陣の中の六芒星は膨張し、その六芒星を繋ぐ二つの陣もまた、高速で回転している。そして、祝詞が続く。

「我を信じ歩むもの、その歩みを止めるもの、我は認めない。邪魔する楔は我が名を持ちて打ち払らわれん」

と言い放つと、少女の首輪には真っ赤な魔力が練り込まれていき、肥大化して黒い邪気を首輪から解き放つ。体裁を保てなくなった首輪は砂となって空気へ舞って行った。そして、僕は魔法陣を解きその場に倒れ込んだという。


 目が覚める。まだ見慣れない寮の部屋だ。そして、左手に重ねられた手の温かみを感じる。僕がそっちを向くと、首輪を付けてられていた少女がこちらを向いている。あまりにも表所が違うので誰か分かるまでに時間がかかったが。そして、少女は僕が起きたことを確認するとそのまま左手を引いてそのまま僕を連れて階段を駆け下りて食堂に突撃していく。

「起きたよー」

と食堂中に響く声で宣言すると、おっさんが駆け寄ってくる。

「おう、大丈夫か」

「はい、別にどこもおかしくないですけど」

「ちゃんと覚えてるか?三日前のこと」

三日前のこととは何のことだろうか。自分の記憶を辿ってみる。

「そうだ、勾玉を見て意識を失って」

するとおっさんが驚いたように話す。

「えっ?そこで意識を失ってたのか?じゃあ、あの後小僧がやったことは一体何なんだよ」

それはこっちが聞きたいと強く思う。するとアキ姉がおっさんを鎮める。

「そんな、三日間寝てた人を質問攻めにするんじゃないよ。全くもう」

「ああ、済まねえなぁ小僧。本当に何も覚えちゃいないのかい?」

謝罪になっていない平謝りをしておっさんはアキ姉の言葉を流している。

「それについては私から説明するわ」

とどこかから声がする。どこだろうと辺りを見回すと、自分の手の中にさっきまで無かった感触を覚えていることに気が付く。右の手を開くと勾玉があった。


 何らかの力によって第一陣を無理やり開かされる。すると、勾玉の周りの空気と魔素が凝縮されて人の形に収束する。真っ赤な黒髪の少女で、赤を基調とした黒色のドレスを纏い、あの勾玉に似ているデザインが刺繍された布を首輪のようにつけている。今思えばあの奴隷の首輪のように。

「どうも皆さん。初めまして。私、クロス=アキナの精、マキナにございます。先ほど、三日前になりますか。私の力によってその少女の首輪を破壊したのは。いやはや、ちょ~っと人を縛り付けてる楔にイラっとしてつい」

「いや、そんな簡単にできるもんじゃねぇと思うけどな」

と冷や汗をかきながら、おっさんが恐る恐る言う。

「第七陣を使っていたなら、それは完全に僕自身の力ではありません。僕にはそれほどの力はありませんから」

僕も苦笑いで答える。

「それにしても、六芒星以外の形をした陣なんて初めて見たけどね。【古代魔法】かい?それとも【承継魔法】かい?」

アキ姉さんがマキナに質問する。確かに、現代とは微妙に構成が違う【古代魔法】や、魔導士の大家が独自に開発し血統限界として、子孫に伝えていく【継承魔法】でしか考えられない。というか、アキ姉さんは魔法に詳しいんだな。そんなことは一部の魔導書に趣味程度に書かれていて、もうほぼ失われた魔法とされている。

「ああ、この魔法はアキナの力を使ったものですので、その言い方に当てはめると【継承魔法】ってことになりますかね。ですが、当時はそれぞれの個人が違う魔法の使い方をしておりましたし。今みたいに『マニュアルで学ぶもの』じゃなくて、『開発していくもの』でありましたので」

当たり前のように物凄いことを言ってのける。

「当時ってのは?」

と戦々恐々とした顔でおっさんが聞く。

「【降臨紀】というべきですかね。今の人たちには」

【降臨紀】とは【創世紀】と呼ばれる、この世界の形成が起こった後、つまりこの世界が生まれてから約百年ほど後の現代にも神話として語り続けられている時代である。いわゆる、英雄が活躍した時代だ。

「まさか、『赤髪の女魔導士』かそのクロス=アキナってのは」

『赤髪の女魔導士』かの英雄と行動を共にしていた戦友で、神話の中では伴侶である。

「恐らくそれにございます」

とマキナは一礼する。

伝説が目の前にいた。

「でもそんなものがこの時代に生きてるんだ?魔導生物でも生体マナが尽きて、動けなくなってしまうはずだが」

とおっさんは頭を傾げる。

「その通り、私は数百年という間勾玉の形に封印されていました。しかし、私と生体マナが似たものが現れたので、マナを頂きまして再び行動が出来るようになったのです」

とマキナは答える。

「まさか、その小僧が適合者だったのか」

おっさんは驚愕した顔でこっちを見ながら言う。

「その通りにございます」

すると、さらにおっさんは瞳孔を大きく開き、俺の肩を笑顔で叩いた。

「運が良いじぁねえか。お前、この手の物に巡り合えるのは珍しいんだ。大事にしろよ」

受け入れていいものらしいので、マキナの主人は僕ということになった。マキナは既に勝手に主従の契約を交わしていて、半強制的にマスターとなった。

 そんな騒動から数日たち、僕はマナと気力を取り戻したので一週間ほど予定より遅れたが本格的に修行を始めることとなった。


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