4
「私は、貴女を許すことは出来ません。今後一切、なにがあろうと」
未だ身体に馴染んでいない、機械が剥き出しになった右腕をたどたどしく持ち上げて、私は新聞部部長、この事件の元凶である本下藤子を指した。
燃える炎の中に、犯人が立っていた。
足元には、蔵乃下しづ。意識がない。
「もう一度、訊くわ」
本下は、私を睨んだ。
「なによ、その腕」
「セリカの腕だよ」
「……思い出したわけ? 全部」
「なんで忘れていたのか、恥ずかしいぐらいだよ」
後ろから、平松先輩に声をかけられる。
「……腕の調子はどう?」
「なんとか……本下を止めれば良いんですよね」
「ええ……お願いしますわ。あいつを……蔵乃下しづを痛めつけたあいつを、懲らしめて」
「私からも、お願いするよ」
香代美先輩が、歯ぎしりをしながら言う。
「何も出来ない私の代わりだとは言わない。だけど、君しかいないんだ」
「……はい」
「あいつを、許してはいけないよ」
私は、前に出る。
煙を吸う。咳が出る。こんなの、長い時間はいられない。あいつは死ぬつもりなのだろう。
本下は身構える。
「……私を、捕まえにでも来た?」
「はい。死なせるわけにはいかないから」
「残念だけど、もう頭が働かないの。もう駄目よ。蔵乃下しづと一緒に地獄にでも行くわ。自殺は、大罪だから」
「そんな虫のいい話、通らないよ」
「貴女にも、着いて来てもらおうかしら」
私に掴みかかる本下。
対峙して、初めて私は疑問に思った。
機能を本当に扱えて、彼女を制圧できるのか、と。
考えるまでもない。
私は彼女の左手に右手をとっさに伸ばして、触れた。本下の手首を掴んだ。
反対の手で、私は髪の毛を掴まれた。
痛みなんて、もはや興味がなかった。
「よく聞いて」
私は本下を睨みながら、言う。
「私の、いえ、セリカの機能が何なのか知ってる?」
「知るわけ無いでしょ……!」
「今から教えてあげる!」
右手に力を込めた。
電流が走るような感覚があった。
激痛。
だけどそんな痛みなんて、もはやどうだって良いって何度も思った。
本下は絶叫する。私から手を放して、床に倒れ込んだ。
私も、もう右手の感覚がなかった。
こんなに痛かったのか。だからどうした。
「な…………なによ…………その機能……」
よだれを垂らしながら、悶絶している本下。
「……これはセリカの機能。よく覚えておいて。彼女のことを、忘れないように」
榎園セリカの残した覚書。
――私の機能は『機械化能力者に激痛を与える』こと。
これが、うっかり私に対して運用されないか、セリカはずっと心配だった。彼女はずっと機械化能力者であることを黙っていた。言うことが怖かったからだろう。
行使する際のリミッターとして、本人にそのつもりが本気でないと使えない、という制限が設けられていたが、それでもセリカは私のことを気に病んでいたようだ。
さらに、自分自身にも、それなりのフィードバックが発生する。つまり痛い。
実際に行使する際には、相手の機械化部分に触れなければならない。
なんて、扱いづらく、危険な機能なのだろう。
セリカ、あんたはこんな機能を得て、どれだけ悩んだんだろう。
私がそれを理解する日が来るとは思えないけど、
目の前の本下に対しては、運用条件をクリアしたらしい。
恨みや殺意の分量なら、十分だと思った。
本下を見下ろした。
怯えている。あの痛みに、もう一度耐えられないのか。
哀れな。
「や…………やめて」
「人を殺したくせに、命乞いするわけ?」
「いや、ちがう……殺して……!」
手をのばす。
本下の左手を掴んだ。
私は、
「あんたは生きて、生き恥を晒すんだ」
――セリカのためだったら、何回でもこの痛みを浴びようと、平気だった。
再び、右手に意識を集中させた。
腕がちぎれるのかと思った。
もう、何も感じない。
私は、床に膝を折って倒れた。
見る。
本下は失神していた。
出来たのか。私にも。彼女を止めることが。
セリカ……
「見てる……?」
やったよ、セリカ。
呼び声が聞こえた。セリカの声じゃない。鈴本先輩と、平松先輩。
鈴本先輩は、倒れている蔵乃下しづを助け起こした。私の方には、平松先輩が来た。
「大丈夫ですの……?」
「ああ……はい……痛いですけど」
「難儀な機能ですのね……」
鈴本先輩が呼び続けていると、しづ先輩は目を覚ました。
良かった、生きていたんだ。
「……香代美、さん…………来てくれたんですの……」
「馬鹿! 何勝手なことやってるんだよ!」
「すみません…………でも、この未来は、予測できましたから……あなたなら、来てくれると思っていましたわ。本下さん、は?」
「……柚木脇さんが、なんとかしたよ。榎園さんの機能で」
「……なるほど、博打が当たりましたわ。よかった……」
「え、予測じゃないの?」
「ふふ、単なる、賭けですわ…………」
私は頑張って自分で歩ける、と伝えて、平松先輩は本下を運び出した。香代美先輩はしづ先輩を嬉しそうに運んだ。
野次馬の目なんて気にしないで、外の芝生で横になった。待っていた希巳江が言うには、警察も消防も、あと一時間以内に到着するだろうと教えてもらった。妃麻先輩が呼んだらしい。彼女はしづ先輩の治療を上中先生と行っていた。
終わったのかな。
そう思うと、ある種の達成感みたいなものが、目にゴミが入ったときの涙のように湧いてきた。
急に、あんたがいなくなったことを、受け入れている自分に気づいた。
いつの間にか、ある程度は強くなったのかも知れなかった。
燃え盛る礼拝堂を眺めながら、そうやって私は、死んでしまったセリカのことをいつまでも考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます