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「私は、貴女を許すことは出来ません。今後一切、なにがあろうと」

 未だ身体に馴染んでいない、機械が剥き出しになった右腕をたどたどしく持ち上げて、私は新聞部部長、この事件の元凶である本下藤子を指した。

 燃える炎の中に、犯人が立っていた。

 足元には、蔵乃下しづ。意識がない。

「もう一度、訊くわ」

 本下は、私を睨んだ。

「なによ、その腕」

「セリカの腕だよ」

「……思い出したわけ? 全部」

「なんで忘れていたのか、恥ずかしいぐらいだよ」

 後ろから、平松先輩に声をかけられる。

「……腕の調子はどう?」

「なんとか……本下を止めれば良いんですよね」

「ええ……お願いしますわ。あいつを……蔵乃下しづを痛めつけたあいつを、懲らしめて」

「私からも、お願いするよ」

 香代美先輩が、歯ぎしりをしながら言う。

「何も出来ない私の代わりだとは言わない。だけど、君しかいないんだ」

「……はい」

「あいつを、許してはいけないよ」

 私は、前に出る。

 煙を吸う。咳が出る。こんなの、長い時間はいられない。あいつは死ぬつもりなのだろう。

 本下は身構える。

「……私を、捕まえにでも来た?」

「はい。死なせるわけにはいかないから」

「残念だけど、もう頭が働かないの。もう駄目よ。蔵乃下しづと一緒に地獄にでも行くわ。自殺は、大罪だから」

「そんな虫のいい話、通らないよ」

「貴女にも、着いて来てもらおうかしら」

 私に掴みかかる本下。

 対峙して、初めて私は疑問に思った。

 機能を本当に扱えて、彼女を制圧できるのか、と。

 考えるまでもない。

 私は彼女の左手に右手をとっさに伸ばして、触れた。本下の手首を掴んだ。

 反対の手で、私は髪の毛を掴まれた。

 痛みなんて、もはや興味がなかった。

「よく聞いて」

 私は本下を睨みながら、言う。

「私の、いえ、セリカの機能が何なのか知ってる?」

「知るわけ無いでしょ……!」

「今から教えてあげる!」

 右手に力を込めた。

 電流が走るような感覚があった。

 激痛。

 だけどそんな痛みなんて、もはやどうだって良いって何度も思った。

 本下は絶叫する。私から手を放して、床に倒れ込んだ。

 私も、もう右手の感覚がなかった。

 こんなに痛かったのか。だからどうした。

「な…………なによ…………その機能……」

 よだれを垂らしながら、悶絶している本下。

「……これはセリカの機能。よく覚えておいて。彼女のことを、忘れないように」

 榎園セリカの残した覚書。

 ――私の機能は『機械化能力者に激痛を与える』こと。

 これが、うっかり私に対して運用されないか、セリカはずっと心配だった。彼女はずっと機械化能力者であることを黙っていた。言うことが怖かったからだろう。

 行使する際のリミッターとして、本人にそのつもりが本気でないと使えない、という制限が設けられていたが、それでもセリカは私のことを気に病んでいたようだ。

 さらに、自分自身にも、それなりのフィードバックが発生する。つまり痛い。

 実際に行使する際には、相手の機械化部分に触れなければならない。

 なんて、扱いづらく、危険な機能なのだろう。

 セリカ、あんたはこんな機能を得て、どれだけ悩んだんだろう。

 私がそれを理解する日が来るとは思えないけど、

 目の前の本下に対しては、運用条件をクリアしたらしい。

 恨みや殺意の分量なら、十分だと思った。

 本下を見下ろした。

 怯えている。あの痛みに、もう一度耐えられないのか。

 哀れな。

「や…………やめて」

「人を殺したくせに、命乞いするわけ?」

「いや、ちがう……殺して……!」

 手をのばす。

 本下の左手を掴んだ。

 私は、

「あんたは生きて、生き恥を晒すんだ」

 ――セリカのためだったら、何回でもこの痛みを浴びようと、平気だった。

 再び、右手に意識を集中させた。

 腕がちぎれるのかと思った。

 もう、何も感じない。

 私は、床に膝を折って倒れた。

 見る。

 本下は失神していた。

 出来たのか。私にも。彼女を止めることが。

 セリカ……

「見てる……?」

 やったよ、セリカ。

 呼び声が聞こえた。セリカの声じゃない。鈴本先輩と、平松先輩。

 鈴本先輩は、倒れている蔵乃下しづを助け起こした。私の方には、平松先輩が来た。

「大丈夫ですの……?」

「ああ……はい……痛いですけど」

「難儀な機能ですのね……」

 鈴本先輩が呼び続けていると、しづ先輩は目を覚ました。

 良かった、生きていたんだ。

「……香代美、さん…………来てくれたんですの……」

「馬鹿! 何勝手なことやってるんだよ!」

「すみません…………でも、この未来は、予測できましたから……あなたなら、来てくれると思っていましたわ。本下さん、は?」

「……柚木脇さんが、なんとかしたよ。榎園さんの機能で」

「……なるほど、博打が当たりましたわ。よかった……」

「え、予測じゃないの?」

「ふふ、単なる、賭けですわ…………」

 私は頑張って自分で歩ける、と伝えて、平松先輩は本下を運び出した。香代美先輩はしづ先輩を嬉しそうに運んだ。

 野次馬の目なんて気にしないで、外の芝生で横になった。待っていた希巳江が言うには、警察も消防も、あと一時間以内に到着するだろうと教えてもらった。妃麻先輩が呼んだらしい。彼女はしづ先輩の治療を上中先生と行っていた。

 終わったのかな。

 そう思うと、ある種の達成感みたいなものが、目にゴミが入ったときの涙のように湧いてきた。

 急に、あんたがいなくなったことを、受け入れている自分に気づいた。

 いつの間にか、ある程度は強くなったのかも知れなかった。

 燃え盛る礼拝堂を眺めながら、そうやって私は、死んでしまったセリカのことをいつまでも考えていた。



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