9(推理編)

 警察の目をかいくぐって、物置に滑り込む。もちろん灯りはつけられないので、雑多な部屋に置かれた数々の荷物を蹴飛ばさないように注意しながら、壁際へと歩む。

 この物置は隣の部屋の様子が見られるようにのぞき穴がついていて、会話の内容もそれなりに聞き取れる。そしてその隣の部屋である会議室には、高山さんが一人で座っている。本当なら、会議室から見て逆隣の現像室――そちらの方が会議室の様子が見やすく、物も少ない――に入りたいところだけれど、あそこは鍵がないと入れないから残念ながらお預けだ。

 それにしても、本当に完全に失念していた。さっき確認してわかったことだが、高山さんは僕がトイレに行っている間に一足先に下校していたらしい。そのせいでそれに気付けなかったのは、あまりに手痛いミスだ。

 さっきの秋捨警部の様子なら、高山さんを犯人だとは思っていないだろうが、時と場合によっては部屋に飛び込んで、軌道修正を試みる必要があるだろう。

 そんなことを考えているうちに、あまり待つことなく、秋捨警部が入室してきた。随分と険しい顔をして、高山さんの向かいの席に着く。それはそうだ。ほとんど解決しかけていた事件に、突然降って湧いた容疑者だ。決して歓迎できる存在では……

「いやー、久しぶりだね、未羽ちゃん! 元気にしてた?」

 開口一番、破顔して問う。

 あれ? なんだか親しげ?

「ええ、おかげさまで、ここ暫くは平和に暮らせていましたので」

 こちらからでは丁度背になっていて表情は見えないが、それに答える高山さんの声は、大分リラックスしているように聞こえる。

「そうかそうか……一年半ぶりになるのかな? いやいや全く、何事も平和が一番だ。こんな職業に就いていると常々思うよ。晴一せいいち君と未加みかちゃんは元気かい?」

「晴一はこの学校に通ってますよ、未加の方はここには通っていませんけれど。ちなみに後学のために、どうして私が未加である可能性を考えなかったのか、その理由を教えていただけると助かるのですが……」

「……ハハハハハ、それはまたいつか、ね」

「……ええ、どうせ、私はどうせ暗いですとも、未加と比べればね……」

 秋捨警部の乾いた笑いから何かを読み取ったのか、ふて腐れたように高山さんが返答する。

 どうやら二人は以前からの知り合いらしい。なんだか今までの緊張が、一気に薄れてしまった。それに合わせて、ふと先ほどの秋捨警部の言葉を思い返す。

『ああ、高山未羽さん、君は残ってもらえるかな』

 ……そういえば秋捨警部は、高山さんの名前を聞く前に、フルネームで彼女の名前を呼んでいた。彼女のことを知っていたという何よりの証拠ではないか。

 僕が心配するまでもなかったのだ。つまり秋捨警部は、単に高山さんと話がしたかっただけだということだろう。職権濫用も甚だしい。

 ……なんだか馬鹿らしくなってきた。帰ろっかな。半ば本気でそんなことを考えていたときだった。

「それで、警部。まさか私と単なる世間話がしたくてこんなところに呼び出したわけじゃありませんよね?」

「ああ、もちろんそんなわけない」

 部屋の空気が一変するのが分かった。痛いほどに真剣な気迫がこちらまで伝わってくる。

「単刀直入に聞こう。未羽ちゃんはこの事件、どう思う?」

「そうですね、ほとんど全てを理解していると思いますよ」

 それは一切の淀みも気負いもなく、ただ自信によってのみ構成された一言だった。それゆえに理解する。これが高山さんの本領なんだと。

「ほとんど全て……と来たか。具体的にどれくらい分かってるんだい」

「そうですね、具体的に言えば……」

 少し間を置いてから、高山さんは一息で告げた。

「犯人の本当の狙いはなんだったのか、なぜ柳沼先生に不利な状況証拠ばかり出てくるのか、柳沼先生が犯人でないのならいかにして犯人はアリバイを手に入れたのか、それらのことなら全部分かっちゃっています」

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