7(推理編)

「突然のことで皆さん驚きでしょう、ですが事件を一刻も早く解決するためにも、皆さんにはぜひともご協力いただきたい」

 秋捨あきすてと名乗った、この場の責任者らしき警官はそう宣言した。三十代くらいに見えるが、さっき漏れ聞いた話からすると、どうやら階級は警部らしい。それが高いのか低いのかはよく分からないが、少なくともこの場の責任者たる風格を備えているのは間違いない。

 今、この場にいるのは、文化祭の準備で特別校舎に残っていた面々である。グループ分けをすれば、1年2組、美術部が数人、そしてカードゲーム部と――柳沼だった。

 碧さんは病院に搬送されていて、この場にはいない。彼女の容態について本当に軽い説明が終わると、

「さて、まずは今回の事件のあらましを整理してみましょう。何か間違いがありましたら、どなたでも構いません。すぐに教えてください」

 そう前置きした上で秋捨警部による確認が始まった。

「事件が起きたのは今日の午後六時半頃。今から三十分ほど前ですね」

 もう三十分か、とも思うし、まだ三十分しか経っていないのか、とも思う。ドアの陰で血を流して倒れていた碧さんを見てから、僕の中の時計は明らかに狂っている。さっき中庭の時計を見たら、それまで止まっているのに気付いたときは笑ってしまった。

「事件現場はここ、特別校舎の化学準備室。そこでどうやらナトリウムに水がかかり、そのときの爆風に、山崎碧さんが巻き込まれたようですね」

 ナトリウムに水をかける実験はテレビで見た覚えがある。量によっては、それなりの規模の爆発を起こすはずだ。

「問題は、この爆発が人為的なものなのか、それとも単なる事故なのか、その点にあるわけですが――」

 言って、秋捨警部は視線を柳沼へと向ける。言わんとするところを理解したのだろう。柳沼は肩をすくめて答える。

「事故ではありませんよ、保証します。現に管理者である私が、事件発生の三十分前に部屋を訪れて何もなかったんですから」

 そう、これは事故ではないだろう。だって事故だとしたら……

「そうですか。ならおそらく犯人は、準備室に何らかの時限装置か、ドアを開いただけで起動するような仕掛けを施したのでしょうな。ナトリウムに水をかけるだけなら、そう複雑な仕掛けはいらないでしょうからね。ではついでにもう一つお尋ねします。このライターに見覚えはありませんか?」

 言いながら、秋捨警部はビニル袋に入ったライターを掲げた。そう、事故だとしたら、碧さんがライターを握っていた理由が分からないではないか。

「ありますね、私のです。一週間ほど前に無くしたと思っていたんですが、どこから出てきましたか」

 まだ柳沼の表情は、平然としている。

「山崎碧さんの手の中からですよ。どうしてあなたが一週間前に無くしたライターを、被害者である山崎碧さんがお持ちだったのでしょうか?」

 流石に今度は、柳沼の表情が蒼ざめる。

「どうですか? 柳沼さん? 納得のいく説明をしていただけますか?」

 秋捨警部が一歩詰め寄る。それに合わせて、一歩下がった柳沼だったが、わなわなと唇を震わせながら、搾り出すように呟く。

「……だ」

「え? 何ですって? もう一度お願いします、柳沼さん!」

 秋捨警部が大声で攻め立てる。ここまでの態度を見れば、明らかだ。秋捨警部は今回の事件の犯人が柳沼だと思っているらしい。いや、秋捨警部だけではない。僕だってそう信じている。秋捨警部がどこまで掴んでいるかは知らないが、柳沼には動機だってある。いくら言い寄ってもなびかない碧さんに対する逆恨み。定番だが、十分な動機だ。

 それに、碧さんが握っていたライターが、何よりの証拠だ。あれが碧さんが残したメッセージでなくてなんだと言うのか。さあ、一体なんと言って赦しを請う? 柳沼?

 皆の注目を一身に集めた柳沼は……叫んだ。

「これは罠だ! 俺ははめられたんだよ!」

 皆が呆気に取られる。こいつは何を言っているんだ? と。

「考えてもみろよ! 事件現場は俺の管理する部屋、それに山崎先生が握っていたのは俺のライター。怪しすぎるだろう! いくらなんでも! 俺は犯人じゃない! 俺は被害者なんだよ! ……そうだよ、一歩間違えれば、あの爆発に巻き込まれたのは俺だったかもしれない! ハハハ、笑えるなー、被害者の俺を犯人呼ばわりだと? ふざけるな!」

 誰も言葉を返せなかった。そりゃそうだ、まさかこうも堂々と開き直られるなんて、誰も考えない。皆があきれて何も言えずに沈黙の帳が下りる。それが僕を冷静にした。

「……けるなよ」

そう、僕は、怒りを冷静に沸点までたぎらせた。

「ふざけるなよ! 柳沼! お前が被害者だと! 寝言は寝て言え! お前じゃなきゃ一体誰が、準備室に仕掛けをセットできるって言うんだよ!」

 柳沼に飛び掛ろうとして、寸前で泉と、他数人に止められる。構わず前に進もうとするが、流石に数人がかりで抑えこまれてはそうはいかない。振りはらおうと足掻いていると、顔を引きつらせながら柳沼が反論する。

「べ、別に俺じゃなくてもできるさ。準備室の鍵はいつも開けてるからな。俺が部屋を出た六時より後にその仕掛けとやらをセットすればいい。部屋の鍵が開けっ放しだってことは、お前だって知ってるだろう?」

 返答に詰まる。それは確かにその通りだ。準備室の鍵が開けっ放しだってことは、特別校舎を普段から利用する人なら、誰でも知っている。それは柳沼が犯人であることの決定的な証拠にはならない。……いや、待てよ。

「……そうだよ、六時以降のアリバイを調べればいいんじゃん」

 呟いて、秋捨警部の方を向く。

「秋捨警部、僕は五時五十分頃にトイレのために部屋を出た後は、部屋から出ていません。それは皆が証言してくれると思います」

 秋捨警部が怪訝そうな顔を見せる。

「だから、僕には六時以降のアリバイがあるってことですよ!」

 ようやっと言わんとするところを理解してくれたらしい。秋捨警部は得心した顔でうなずくと、皆を見回して言った。

「さて、すみません、たいへん申し訳ありませんが、これから皆さんが、六時以降何をなさっていたかを教えていただけませんか」

 そう、これで皆に六時以降のアリバイがあれば、柳沼が犯人だということは、今度こそ決定的になる。

 僕は柳沼に対する勝利を確信した。大きな落とし穴の存在に気付かないまま……

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