6(事件編)
部屋に戻ると、皆の作業は片付けへと移行しつつあった。あまり帰りが遅くなってもよくないし、妥当な頃合だろう。
「よう、トイレにしては遅かったんじゃないか?」
身の回りの道具を片付けていた泉が声をかけてくる。
「そうか? それほどでもないと思うけれど」
適当にはぐらかしつつ、僕もその作業に加わる。
現段階でそれなりに形になっている展示物をとりあえず部屋の隅にまとめておく。テーマの普遍性のおかげで、文化祭当日までこの部屋を使えるのは幸いだ。ただ、この部屋に当日、わざわざ足を運ぶ人がどれだけいるのかは、甚だ疑問ではあるけれど。
作業は順調に進んでいく。だが作業を進めていくうちに、何かが足りない気がことに気がついた。
何だっただろうか……何かあるはずのものがないような気が……
釈然としない気持ちを抱いたまま、作業を続ける。時間はあっという間に過ぎ去り、部屋の片付けは終わり、皆もほとんど帰り支度を終えていた。さあ帰ろうという段になって、やっと気がつく。
「ああそうか、足りないのは何かじゃない、高山さんだ」
「ん? 高山さんがどうかしたか?」
俺の呟きを聞き取った泉がオウム返しに尋ねてくる。
「いや、高山さんがいないなって気がついたからさ」
「高山さん? ああ、それならお前がさっきトイレに行ってるときに……」
しかし泉の言葉を最後まで聞くことはできなかった。
ドカッと何かくぐもったような音と、パリンとガラスが割れる甲高い音。
それらが一斉に廊下から響いてきたからである。
「今の音は?」「なになに、なんなの?」「なんかすげー音だったよな」
部屋の中が騒然とする。誰かが爆発という単語を口にすると、部屋の中は一気に混乱の極みになった。
「爆発って一体どこが?」「ちょっと、ここ、安全なの?」「まさかそんなはず……」
誰かの言葉を口火に、皆が一つしかないドアへと雪崩れ込む。僕もその流れに巻き込まれる形で、部屋を飛び出す。
たたらを踏んで廊下に出ると、異常が発生している場所は一目で分かった。化学準備室である。そこのドアが外れ、廊下にしだれかかるとともに、細い煙が上がっている。いや、異常はそれだけに止まらない。ドアの陰には……
「え?」
心臓がドクンと大きく跳ね上がる。まさかそんなことがあるわけが……
皆が何かを恐れるかのように遠巻きに眺める中を、急いで駆け寄る。遅れて、他にも駆け寄る幾人かの姿が視界に入るが、それを気に留めることなく、ドアをどける。
そこにいたのは、紛れも無く――!
「碧さん!」「山崎先生!」「ちょっと大丈夫なの!」「誰か、救急車!」
もはや自分が何を叫んでいるのか、そもそも何か言葉を発しているのかも分からない。飛び交う怒号や悲鳴の中、真っ白になった頭に、カタンと甲高い音が響いてきた。
ゆっくりと視線を音のほうへと向けた。
そこには今まさに山崎先生の手から落ちた、ライターが転がっていた。
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