2(事件編)
僕の名前は
両親が何を思って僕にこんな名前をつけたのかは知らないが、ひどく大仰な名前をつけてくれたものだと、自己紹介の度に思う。まあ当然、いかに立派な名前をつけてもらったところで、なんら苦行に身を置かずに聖人君子になれるはずもなく、人並みに善行を重ね、人並みに悪行を重ねてきたと自負している。
で、そんな僕が今、何をしているかと言うと……
「分かってるの? 文化祭はもう明後日なのよ! そうやってサボってる時間なんて無いんだから!」
「はいはい、分かってますって。そうカリカリしないでよ、鈴木さん」
黙っていればそれなりに整った顔つきなのに、その口やかましさのせいで敬遠されがちな、委員長である鈴木さん。無意味な抵抗はせずに、僕は素直に窓を閉めて自分の持ち場へと戻る。
そう、今、僕を含めた倉知高校一年二組の面々は、来る文化祭に向けて準備の真最中なのである。
「よう、カノン、休憩はもういいのか?」
同じ作業班の泉が、軽い口調で聞いてくる。
「いや、もう少しサボっていたかったんだけどなあ、鈴木さんに見つかっちゃったから」
「そりゃあお気の毒に。じゃあ折角だから、地図に適当に色塗りでもしといてくれ。絵の具はそこにあるから」
うちのクラスのテーマは『私たちの街の歴史』で、文化祭があれば少なくともどこか1クラスは選ぶに違いない、定番中の定番のテーマである。それでいて、よほど画期的な点がない限り、見るほうも作るほうも退屈だったりするあたり、厄介極まりないテーマだ。
そう思っているのは、どうやら僕に限ったことではないらしい。ちょっと周りを見回してみれば、終業式の日のホームルームのような、心ここにあらずな皆の表情が見てとれる。たまに例外もいるけれど、そこで交わされている会話に耳を傾けてみると……
「やっぱりあそこはカインを使うのがセオリーだろう、じゃねえと攻撃力が全然足りねえ」
「馬鹿言えよ、そこはアベルの白魔法で回復手段を確保しつつ……」
「ちょっと待て、あの場で回復なんて考えてる時点でお前の負けだろ、あそこはなあ……」
と、今はまっているゲームだとか、昨日見たドラマだとか、全然関係の無い話をしていることが分かる。
そんなわけで本番は明後日だというのに、作業は遅々として進まずにいる。だから鈴木さんが焦る気持ちも分からないではないのだけれど、それにしたって彼女の気合が空回りしているのは否めない。鈴木さん自身が率先して作業を進めるのはともかく、その熱気を他人に強要されても周囲は迷惑するだけだ。事実、鈴木さんから明らかに過剰に出される指示に、皆はとっくの昔に辟易してる。それに気付いていないのは当の鈴木さんくらいなものだろう。
おまけにそれだけでは飽き足らずに彼女がとった手段は、確実に皆のモチベーションを下げていた。即ち、
「こら、そこ! 田中さん! 今スマホを出してたでしょ! 没収!」
「あ……ちょっと待ってよ、私はただ……」
田中さんの抗議の声にも耳を貸すことなく、鈴木さんはズカズカと田中さんの下へと歩み寄り、半ばひったくるようにスマホを取り上げてしまった。先ほどから恒常化しているこの風景――作業もせずにスマホをいじってばかりの皆に業を煮やした彼女がとった手段――それがこの、スマホ狩りとも呼べる、スマホの没収だった。
没収基準はいたってシンプル。スマホを出したら没収だ。かく言う僕も、時間を確認するためにスマホを出しただけで没収されてしまった。
勿論反発はあったが、学校がスマホの持ち込み禁止を建前として掲げている以上――それを律儀に守っている真面目なやつなんてそう滅多にいないけれども――大義名分は向こうにある。まあ先生がいないからと言ってスマホを出してるこちらにも非があるわけだし、今日の帰りには返却されるということで、嫌々ながら納得している、といったところだ。
でもそれにしたって、鈴木さんはわかっていない。今時、腕時計を使わずにスマホで時間を確認するやつは少なくない。そして、文化祭の準備で使うために借りたここ、多目的ホールには、時計が無い。せめて中庭の時計を見ることが出来ればいいのだが、この部屋の窓は全て曇りガラスだから、それも叶わないし、鈴木さんの物腰を見れば、時計を確認するためだけに部屋を出るのも厳しいことも分かる。
そのため、今、この部屋には、僕を含めて多くの単純労働者が、あとどれくらいこの不毛な状態が続くのか分からずに作業を続けている。それはもう、本当に苦役でしかない。鈴木さんは作業に集中させようとして、かえって皆の集中力を散漫にしていることに気がついていないのだ。
――まあ、愚痴はこの辺にしておこう。もう済んでしまったことは仕方が無い。この後の予定はチャラになってしまうかもしれないが、今日のところは大人しく鈴木さんの指示に従うことにしておこうじゃないか……
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