第18話

「心形刀流、練武館、伊庭殿。

 神道無念流、練兵館、斎藤殿。

 北辰一刀流、玄武館、千葉殿。

 鏡新明智流、士学館、桃井殿。

 一刀流、小野殿。

 直心影流、男谷殿。

 天然理心流、近藤殿」


 江戸中の、いや、関八州の主要な道場主が次々と呼び出される。

 各道場の主と代表者五人が上覧試合をするのだ。

 その上覧試合に、続々と人が集まっている。

 武芸が奨励されたことはもちろんだが、今迄とは違って、仕官がかなう可能性が高かったからだ。

 しかも元々の地位や家柄を問わず、騎乗士になれる可能性すらあるのだ。

 どの道場でも代表の座を巡って激しい争いが行われた。


 幕府が、いや、尾張徳川家が認定した道場からは、道場主と代表者が上覧試合に参加できるとあって、雨後の筍のように道場が新設された。

 だがそれは剣術道場に限らなかった。

 尾張徳川家当主、徳川慶恕は鉄砲術、弓術、特に騎射の流鏑馬、犬追物、笠懸を重視し、その次に槍術に重きを置いていた。


 だから困窮する諸藩は、猟師に郷士の資格を与え、江戸で行われる鉄砲術試合と弓術試合に参加させた。

 一人でも二人でも蝦夷地に黒鍬衆として派遣されれば、飢饉のときに領民がそこを頼って逃げることができる。

 江戸詰めや尾張詰めの三十俵徒士になれれば、家族は当然飢えなくてすむし、親戚縁者も尾張家家臣の下男下女に雇ってもらえる可能性がある。


 諸藩はなりふり構わず家臣を上覧試合に参加させた。

 それだけではなく、初戦や二回戦三回戦といった試合の会場に、自藩の上屋敷中屋敷下屋敷を使ってもらおうと尾張家詣でをした。

 勝手向きの厳しい藩では、試合の見物代や飲食の販売代も馬鹿にできないのだ。

 尾張家、徳川慶恕の影響力が徐々に広がっていた。


「兄上。

 浪士隊、いえ、徒士組の編成と所属はいかがいたしましょうか?」


「基本は尾張家で召し抱える。

 だが所属は実戦にあわせたいと思っている。

 実戦になった時には、指揮能力のある者に任せなければならない。

 徒士組の中に突出した者がいるなら、その者を騎乗役や物頭に任じてもいい。

 いや、年寄りに任じても構わぬのだ」


「そのまでお考えでしたか」


「どんどん実戦形式の試合を行わせてくれ。

 必要なら甲関八州に蔓延る博徒を討伐させて、実際に人を殺させてもいい。

 実際に戦わせなければ、本当の実力、なによりも大切な胆力が分からん」


 徳川慶恕は自分の事が分かっていた。

 自分が戦国の荒武者でも名将でもない事をよく知っていた。

 好く言えば財政家、悪く言えば金勘定しかできない算盤侍だと自覚していた。

 命を賭けた最前線で、冷静な指揮が取れるとは思っていなかった。

 だからこそ、信頼できる実戦指揮官、侍大将が喉から手が出るほど欲しかった。

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