第14話

「一橋治済殿、徳川家斉公の直系が将軍を家を引き継ぐ限り、家基公の忌引日だけを守るのです。

 家基公を神の如く祭るのです。

 東照神君の忌引日に生臭を食べても、家基公の忌引日は守るのです

 そうすれば祟りもおさまるでしょう」


「しかし、それは、幾ら何でも……

 せめて東照神君と祖父母と両親の忌引日は守るべきでは……」


「家基公を毒殺した一橋治済殿を忌引日を守り、家基公と同等に扱うと仰られるのですか。

 それは幾ら何でも理不尽でございましょう」


「……分かった。

 余の因果が家祥に報うのは防がねばならん。

 分かった。

 だがそれを表立って行うのは、反対が多くて余でも難しいぞ」


「上様は般若湯という言葉をご存じでしょうか」


「知っておる。

 不良僧侶共が、不殺生戒・不偸盗戒・不邪淫戒・不妄語戒・不飲酒戒の五戒を守らず、酒を智恵のわきいずるお湯と偽った言葉であろう」


「はい、ですが、同時に、人から親切で勧められた酒食を無駄にしない、命を無駄にしないための言葉でもございます。

 臣下から供された酒食を無駄にせず、薬喰いしていただくのも、上様の大切な役割ではないでしょうか。

 上様がなされてくだされば、大納言様も安心して行うことができるようになり、生命力に満ちて御子に恵まれるかもしれません」


「なに?!

 家祥が子に恵まれると申すのか!」


「絶対のお約束ができるわけではありません。

 ですが、家基公の祟りが払われ、生命力を取り戻されれば、可能性がございます」


「分かった。

 家祥のためじゃ。

 東照神君の神罰が下るのならば、余が引き受けよう」


「なりません!

 まずは臣が毒見に食べ、東照神君の子孫としての罰も臣がお引き受けいたします。

 上様も大納言様もご案じめされますな」


 将軍徳川家慶も、後継者の家祥も、慶恕の忠誠心にいたく感心した。

 いや、感動したと言ってもいい。

 そんな二人前に、手炙りで焼かれた牛の味噌漬けが、手炙りごと持ってこられた。


「これは今日のために、掃部頭殿が献上してくださいました」


 慶恕の言葉を受けて、先年まで大老を務めていた近江彦根藩の第十四代藩主・井伊直亮が、控えていた場所で平伏した。

 大御所・徳川家斉公が逝去され、側近として不正を行っていた家斉派が次々と粛清されていたため、家斉時代に大老を務めていた直亮は、巻き込まれないように自ら大老を辞していた。


 だが同じ蘭学を学ぶ者として、慶恕と直亮は深く交流しており、彦根藩内に住む空気銃や反射望遠鏡を製作した国友一貫斎に、西洋式大砲の研究と一貫目砲、二百目玉筒の量産を命じていた。

 更に慶恕は、井伊直亮の大老復帰も画策していた。

 

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