第12話
不利な条件でも農民になる事を望む者、それは穢多だった。
非人ならば、望み能力があれば、士農工商に身分に戻ることができる。
公家や医師や神人等と同様に扱われるので、差別されることはあっても、人別帳の枠内記録される身分制度上の身分なので、士農工商になる事ができない穢多とは厳しく区別されていた。
だからこそ、時には自分の子を良民の家の前に捨てたり、吉原に売って見受けの機会を待つなど、貧困な穢多はその身分から抜け出そうとしていた。
一方、死牛馬取得権や井草の生産独占権など、軍事上必要か皮革製品を確保したい幕府が、穢多に限定された職種を保証し穢多地の年貢を免除していたので、農民地を買って年貢を納めるほど豊かな穢多もいた。
認めたくない話だが、町奉行所の同心株を買う穢多までいるのだ。
そんな穢多達のために、開拓郷士案が採用されたのだ。
穢多頭・弾左衛門は、蝦夷地開拓資金を三十万両投入することを約束していた。
人数も七万人を投入する約束だった。
一人一家とは計算できないが、浅草非人頭・車善七をはじめとした五人の非人頭も積極的に参加を表明しているので、関八州の十万人は確実に参加する。
将軍家と幕閣が積極的に動いているから、関八州以外の穢多非人も参加することになると思われるので、計算上七万家七百万石の新田開発が見込めるのだ。
旗本御家人の知行地や扶持に与える玄米の収穫地を含めて、徳川家の領地は八百万石なのに、蝦夷地に完全な蔵入り地が七百万石も増えるのだ。
幕府の、いや、飛び地として預かっている徳川慶恕の経済力が増えるのだ。
半分しか成功しなくても、三百五十万石だ。
将軍や幕閣が前のめりになるのもしかたがない事だった。
成功すれば、その経済力を上手く使えば、日ノ本での徳川一門有利は動かない。
南蛮が相手でも迎え撃つことが可能だ。
西国の外様が南蛮に魂や領地を売らない限り、清国のように負ける事はない。
そのための武芸の奨励と、市井の戦力を活用することも、徳川慶恕は徳川家祥に話し、将軍・徳川家慶と幕閣に許可をもらっていた。
「芸州浅野家家臣大石家代表、大石善次郎殿。
出羽上杉家家臣千坂家代表、千坂団兵衛殿」
両国に芝居小屋で、各藩の代表が武芸勝負を披露していた。
勝ち上がれば将軍や幕閣の上覧があり、武家も面目が大いに立つのだ。
だが幕閣も、いや、徳川慶恕も計算高い。
伊達家と相馬家の代表を戦わせたり、戦国からの遺恨の有る家を勝負させる。
今回は忠臣蔵で有名な浅野藩大石家と、上杉藩千坂家を戦わせるあざとさだ。
それを一等地の芝居小屋でやらせて木戸銭を稼ぐのだ。
だがその木戸銭が結構馬鹿にならない。
江戸には「一日に千両の落ち所」と言われる、魚河岸、芝居町、吉原がある。
人によったら「日に千両、鼻の上下に臍の下」とも言う。
鼻の上の目は芝居を見ること、鼻の下の口は魚河岸の、臍の下は吉原の意味だ。
武芸大会で一番金が落ちるのは両国の芝居小屋だが、そこだけではなく、鉄砲の試合はお先手組屋敷や鉄砲百人組屋敷で、槍の試合は徒士頭の屋敷で、馬比べや弓術の試合は、五番方の番頭屋敷で行われていた。
武芸を奨励し、浪人や部屋住みを蝦夷地で郷士として召し抱えるだけでなく、毎日二千両の軍資金を手に入れていた。
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