第6話
「大納言様のご尊顔を拝し奉り、恐悦至極でございます」
後の徳川慶勝、源之助は江戸城西の丸に登城していた。
鷹司任子との婚儀が正式に整った、後の徳川家定、従一位・権大納言・右近衛大将・徳川家祥に拝謁するためだった。
源之助は徳川家祥との関係を深めていた。
幼少の頃から病弱で、人前に出ることを極端に嫌った家祥を、父親で第十二代将軍・徳川家慶までもが、家祥の継嗣としての器量を心配して、水戸徳川家当主・徳川斉昭の七男・松平昭致(徳川慶喜)などの徳川一門から後継者を探すのを反対し、徳川家祥の信頼を勝ち取っていた。
特に源之助が警戒していたのが、東照大権現の遺命に背く、水戸徳川家から次期将軍を出す事だった。
そのためにも徳川家祥には健康で長生きしてもらいたかった。
自分も幼少時は身体が弱く、何度も生死の境を彷徨っただけに、蘭学で得た知識と養生訓の知識を徳川家祥に伝え、さらなる信頼を得ていた。
そのため人嫌いの徳川家祥も、源之助との謁見だけは嫌わなかった。
徳川家祥も信頼を得たことで、幕閣の信頼も厚くなり、源之助の提出した国防論も真剣に受け取られる要因となった。
その幕閣からの信頼が、自分の尾張徳川家継承を有利にし、弟・秀之助の浜田藩越智松平家六万千石の継承を有利にした。
「大納言様、何があろうと私の忠誠心は変わりません。
大納言様をお助けいたします。
安心されてください」
源之助が繰り返す言葉には誠があった。
徳川家祥が内心負担に思っていた、心身を圧し潰すほどの次期将軍と言う重圧が、源之助の言葉を聞くことで著しく軽くなっていた。
だからこそ徳川家祥は、源之助に自分を助けてくれる地位を与えたかった。
直接父・徳川家慶には伝えられなかったが、日頃から源之助と共に親身になってくれる寺社奉行加役・阿部正弘に相談していた。
阿部正弘としても、源之助が尾張徳川家を継承してくれれば、老中就任の助けになると考えていた。
国防論も真剣に読んでいた。
そこで寺社奉行や奏者番で親しくなった大名と派閥を形成して、源之助の尾張徳川家継承運動を始めた。
一方源之助の軍資金作りも順調だった。
特に越中富山の薬売りが形成する情報網が、想像以上に優秀だった。
長年の太平で形骸化した忍者組織よりも、はるかに優秀な情報網を築いていた。
しかも客からの信頼は絶大だった。
ある意味で命を預ける薬を販売してくれるのだ。
家族とは言わないまでも、親友や親しい親戚に匹敵する間柄だった。
それは武家や平民だけでなく、公家にまで喰い込む情報網だった。
源之助はそれを積極的に活用した。
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