第34話 誕生、ただの村人⁉︎

「椎名さん、ペン!」


 俺がそう言ったときには、あいくる椎名はペンのフタを取り外していた。けど直ぐにそれをしまおうとした。どうやら、俺が落書きを咎めたのと勘違いしたみたい。


「違う違う。落書きして。早く!」

「やった! 直ぐにかきかきするねっ!」


 言うが早いか、あいくる椎名は落書きをはじめた。俺は、それが終わるのを待たずに大声を出した。


「ちょっと待ったーっ!」


 兵士たちが鎮まった。カホウもルチアもおこ顔だが、黙って俺の方を見た。このときは、あいくる椎名以外の全員が俺を見ていた。だから俺は、ゆっくりと言った。


「ピッと君2.1の故障かもしれない。もう1回だけやらせてあげてよ」

「勇者くん。何を言っているか、分かっているの? ピッと君2.1を疑うなんて」

「それでまたエラーだったら、貴方たちも追い出すわよ!」

「構わない!」


 俺は大声でそう言ったときには、あいくる椎名が落書きを終えていた。時間を稼げたんだ。だから、今度は小さめの声で続けた。


「人助けしたときにちょっとの汚れたくらいピッと君2.1なら何とかするさ」

「まっ、真坂野……。」


 あいくる椎名が、多田野にチケットを返す。多田野はそれを見たあと、黙ってまたピッと君2.1にQRコードを翳した。その一部始終をカホウもルチアも、俺やあいくる椎名も、固唾を飲んで見守った。


(ピッ!)


 画面に注目が集まるなか、表示が切り替わった。


「なっ、名前、出ます!」

「ってことはぁーっ、勇者くんの勝ちーっ!」

「やったぁ!」


 あいくる椎名はもちろん、ルチアもカホウも喜んでくれた。屈強そうな兵士たちは、出番が終わったのを悟り、すごすごとどこかへ引き揚げていった。それはまるで、フラッシュモブへの出演を終えたエキストラのように。


「名前、多田野忍者。愛称、ただの。職業、村人。年齢、17歳」

「なっ! 何だって……。」


 そのあとに表示された多田野の能力は、潜在・顕在ともに平凡。多田野のやつ、相当落ち込んだみたいだ。あいくる椎名が言うには、チートペンを使ったのに、黒くなったところと白くなったところがあったみたい。それがどうしてかは分からないけど。

 兎に角、あまりにも平凡な能力のせいか、多田野は塞ぎ込んでしまった。ちょっと同情する。けど、大いに馬鹿にするチャンスでもある。俺は、あることを確かめるついでに、多田野を揶揄うように言った。


「多田野って、学年末の数学、18点だったろ!」

「あぁ、そうだけど……。」

「国語は43点!」

「そうだったよ。何で知ってんだ? 誰にも見せてないのに。まぁいいけど……。」


 やっぱりだ。ここでの能力は、学年末テストの点数が反映されているに違いない。だとすると、やっぱり気になるのはHPの値だよな。俺が6212で多田野が1。一体HPとは何で、地球でのどんな数値が反映されているんだろう。まぁ、それはあとで考えよう。それより今は……。


「多田野、今のお前じゃ1匹スライムの群れだって倒せないぜ!」

「そうか……まぁ、いいけど……。」


 多田野のやつ、分かりやすいな。せっかく異世界に来てもモブ決定じゃしょうがないか。俺だって、スライム王も倒せないような人生だったら、自暴自棄になるだろうな。


「無双するには、どの能力も13桁は必要だからな」

「まぁ、そういうのは、したいやつにやらせておけばいいだけさ……。」

「安全な村の中で一生過ごすのも安定志向でいいかもな。俺が守ってやるから!」

「そうか。あんがとよっ……。」


 揶揄ったら楽しいって思ったけど、全く手応えがない。負け惜しみの1つも言わないんだから。


「俺はまさかの勇者として頑張るから、多田野はただの村人として幸せを探せよ」

「幸せか。そんなの、忍者になれないんじゃ、得られないぜ……。」


 えっ、そこなの? 多田野、お前、本気で忍者を目指してるのか。それはちょっとイタイぞ。けど、勇者になりたいと思った俺も同類かな。俺は、多田野がかわいそうと思うようになった。だから、忍者になる方法があるなら、教えてあげたいと思った。

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