第32話 ただの忍者?

 さぁ、出発! そう思ったとき、手続きをする部屋に入ってきたやつがいた。俺がよく知っているやつだ。


「あれ? 真坂野じゃね!」

「よ、よう。多田野……。」

「それに……あいくる……椎名?」

「正解だよ、えっと……。」


 多田野のやつ、どうしてここに? そう思ったのは、多田野も同じだった。そうなると、口数の多い多田野が会話の主導権を握ってしまう。俺は、うまく喋れなくなる。そんな俺を完全に無視して、多田野はあいくる椎名と話しはじめた。


「多田野忍者。よろしく! でござる!」

「多田野くんって、勇者くんのお友達なの?」

「まぁ、友達というか、クラスメイトでござる!」

「そう……。がっこーの友達でござったか!」


 学校と言ったときのあいくる椎名は、何故か少し寂しげだった。ござる言葉を取ってつけたのはそれを誤魔化すためじゃないのかな。俺はそんな風に感じた。そのあとも、ガサツな多田野はあいくる椎名に質問攻めだった。あいくる椎名が面倒そうにしているのに多田野は気付かない振りをしていた。そのうちにあいくる椎名が俺の奴隷だって分かると、今度はあいくる椎名とカホウの顔を見比べはじめた。2人の容姿があまりにもそっくりだからだと思う。そして多田野は、俺の首根っこを掴んで部屋の隅へと誘い込み、小声で言った。


「おい、真坂野。あとの2人もお前の知り合いか? だったら紹介しろよ」

「あっ、ああぁ……そうだな。ごめんごめん……。」


 なんてデリカシーのないやつなんだ。節操がないというか、見切りが早い。多田野はもうカホウとルチアに唾をつけようとしている。2人は俺にとっても今日知り合ったばかりという間柄。だから何をしても俺が文句を言う筋合いじゃないけど、なんだか腹が立つ。けど、頼まれたんなら仕方ない。俺はカホウとルチアには多田野を、多田野には2人を紹介した。


「カホウさん、かわいい名前でござる。ルチアさんも大人っぽくて素敵でござる!」

「ふふふっ、多田野くんって口が上手ね」

「全くですよ。油断できないわぁ!」


 どうしてだか、多田野は軽い男なのに、女子にはモテるんだよな。女子も女子で、ああいうのにころっと騙されるんだから困ったものだよ! 


「こっちで知人3人に会い、今度はお2人と運命の出会い! 参ったでござる」

「ふふふっ、本当に多田野くんってお上手!」

「そうですね! はなし易いというか、楽しい気持ちにさせてくれますねぇ!」


 もう、放っておこうと思ったけど、多田野のやつ、気になることを言った。顔見知り3人って、誰のことだろう。俺とあいくる椎名を含んでいるとして、残る1人は誰なんだろう。


「なぁ、多田野。お前が会った知人って誰?」

「あーん? エロじいちゃんでござるよ!」


 多田野のやつ、完全に忍者に成り切ってる。エロじいちゃん? それって!


「江口賢者のことかーっ!」

「そうでござる。絡まれているのを助けたでござる!」


 多田野はお馴染みの忍者ポーズをしながらそう言った。


「まぁ、多田野くんって強いのね!」

「ご老人をお助けになるなんて! 勇敢ですね!」


 カホウもルチアも多田野を甘やかしていた。俺は、そんな多田野にやきもちを焼いている自分に気付いた。カホウとルチアは俺の方が少しだけ早く知り合ったというだけで、俺とは無関係なのに。


「そういえば、ここで手続きしてもらえるでござるか?」

「そうね。白いチケットはお持ちかしら?」

「それって、特別なものなんですよー!」


 カホウとルチアが言うと、多田野はポケットの中から白いチケットを取り出し言った。


「これでござるか?」


 その瞬間、カホウとルチアの態度が一変した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る