第26話 エッチ
エッチをさせろ。なんと清々しい言葉だろう。俺は全部本気だった。本気であいくる椎名とやってみたいことを言っただけ。エッチしたいとは思わなかっただけ。けど、言われてみれば、したい。だから俺は、もう1度あいくる椎名を抱き寄せた。そうだよ。エッチって言えば良いんだよ。そのとき、あいくる椎名が言った。
「ちょっと待ってよ! 私、断ろうなんてこれっぽっちも思ってないわ!」
「じゃあ、どうして無効になるのかしら……。」
あいくる椎名とカホウは、顔を見合わせて考え込んでしまった。俺は、大事なことを言いそびれた。ムラムラとしたこの気持ち、どうすれば良いんだ。けど仕方がない。しばらく俺も、戒律が受け入れられない原因を探ろう。
あっという間に数分が経った。俺にもあいくる椎名にも、思い当たることはない。カホウは悩んだ挙句、あることを口にした。
「もしかして貴女、勇者様と出会う前から誰かの奴隷だったの?」
カホウが説明してくれた。奴隷が主人を変える場合、新しい主人は元の主人を見届け人にして3つのうち2つの戒律を言い渡さなきゃならない。そして、残りの1つだけは、もとの主人とは別の人や道具に見届け人に見届けてもらう。そうすることで、奴隷は売買されるらしい。見届け人は元の主人とそれ以外で順番が入れ替わっても問題はないらしい。
「そんなはずないよ。椎名さんは普通のコンビニの店員で……。」
「……そうよ。私は、『ブラックステン』で、バイトしてたのよ」
「ブッ、ブラックステンですって……。」
『ブラックステン』。正式には『ブラザー・シックス・テン』という、早起き型のコンビニ。朝6時から夜10時まで営業している。あいくる椎名はそこの優良な店員だった。クビになったけどね。だけど、その名を聞いて、カホウが驚くだなんて、変なこともあるもんだなぁ……。聞いてみると、異世界にもブラックステンはあるみたい。ただし、業種はかなり違う。
「人身売買と水産業を営む、悪の組織よ」
「なっ、なんだって!」
「人身売買だなんて。美楽店長は良い人よ! 育乳法もよく知っているし」
10円玉ミラクルな育乳法。あれって、女店長美楽が発案したものなんだ。
「ミラク? それって、ルナ・ミラクのこと?」
「たしかそんな名前。でも、どうしてカホウちんがそれを知っているの?」
「ルナ・ミラク。通称MRCは、ブラックステンのボスの名よ!」
「MRCだって!」
MRC。俺をフィッシングした人。俺にチケットを譲ってくれた人。
俺の中で、今までの出来事の辻褄があっていく。俺は思い出したんだ。女店長美楽は言った。10円玉を椎名の代にいただくって。そのときは気に留めなかったけど、あれは奴隷のあいくる椎名を俺に売ったってこと。ここに来てからはどうだろう。俺が勝手なことをするなって言ったときのあいくる椎名の反応は不自然なほど悲壮感と全力感があった。あいくるしさは相変わらずだったけど。そのときに俺は思った。まるで奴隷が主人に詫びているようだって。それから、目の前にいるカホウ。彼女は俺たちとはじめて会ったときから俺たちが主従関係だって決めつけていた。まだ不完全な契約だったけどね。でも、結果的には3つ目の戒律をさっき言い渡すことができたんじゃなかろうか。見届け君がちゃんと見届けてくれたからね。
俺は、俺が思い出したことを順を追って3人に話した。
「じゃあ、戒律の言い渡しは、ちゃんとミラクの目の前で行ったの?」
「間違いないわ。光の玉の中だったけど、ミラク店長はちゃんと見届けてくれた」
カホウの問いに、あいくる椎名が答えた。それで、俺も思い出した。たしかに俺は、光の玉の中であいくる椎名を抱き寄せ、あいくる椎名は俺を抱き返した。そのときに俺、あいくる椎名に何か言ったよな。カホウが信じられないという表情で俺を見たから、俺は首を縦に振ってかえした。あいくる椎名が続けた。
「勝手なことしたら駄目と、ずっと側にいろ!」
「それが、貴女の受け入れた戒律なの?」
あいくる椎名はカホウの方を向いてコクリと頷いた。よく覚えてたな。言われてみればそんなことを言ったけど、決してあいくる椎名を縛り付けるためとかじゃなかった。
「私、うれしかった。勇者くんがそう言ってくれたのが!」
「そのようね。貴女はきっと幸せになれるわっ!」
「うんっ!」
そっか。今の俺はあいくる椎名の主人で勇者なんだ! 俺があいくる椎名に言い渡した戒律は『駄目じゃないか、勝手なことをしたら』と『ずっと俺の側から離れないように』と『自分のために生きなさい』の3つ! あれ? 全然エロくない……。俺は、千載一遇の機会を逃したのかもしれない。
「どうやら、全ての辻褄があったわ!」
「じゃあ、やっぱり私は奴隷になれたってこと?」
「その答えは、既に出ていますよっ!」
ルチアが真新しいチケットを持ってきて言った。あいくる椎名はそのチケットを受け取ると、口を大きく開けて喜びを表現した。
「ふふふっ。珍しいお方ですね。奴隷になって喜ぶだなんて」
「嬉しいわ。だって、勇者くんの側にいられるんだもの!」
「なるほど、そういうこと……。」
「カホウちんも私と一緒に勇者くんの奴隷になったらどうかしら?」
「そっ、そのうちね、そのうち……。」
カホウは満更でもないといった表情を見せた。けど、俺は知っている。これは罠だ。カホウが言ったそのうちというのは真に受けてはいけない言葉。つまり俺は、程よく断られたってこと。
これで全てが解決したわけではない。俺の中で引っかかるものがある。それは、MRCの存在と、その目的。地球と異世界の両方にいるMRC。同一人物と見るか、別人と見るか……。これは、会って確かめるしかなさそうだ。そのことも、みんなと共有した。
あいくる椎名用のチケットはQRコードの部分が俺のよりひとまわり小さい。それは、普通の人に比べて奴隷は能力が制限されていたり、成長がなく潜在能力が示されないから。俺やあいくる椎名にどんな能力が秘められているかは分からない。けど、多分俺の方が強い。だから俺はここに誓う。俺は、あいくる椎名を絶対に護り抜く! そんなことを考えていると、難しい顔になってしまう。そんな俺を案じてくれながらも、ルチアはその役目を果たすべく言った。
「それでは、心の準備はよろしいですか?」
「はい。もちろんです!」
俺も、自分の進むべき道を突き進む覚悟だ!
「1度この世界に足を踏み入れたら、もう帰れないかもしれませんよ」
「構いません。俺は、先へと進みたい!」
「では、ピッとやってください!」
「はいっ!」
意を決した俺に、怖いものなんかない。
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