第13話 ゲートの前で行列中

 それからしばらく、2人して黙々と歩いた。そして、遂に遠くに何かを発見した。それでも黙々と歩き続けると、その何かが人だってことが分かった。1人じゃない。何千人もが列をなしている。さらに歩くと、列の1番背後にいる人が手で持てる大きさの看板を掲げているのが分かった。その看板には漢字が書いてあった。『最後尾』と。この世界、少なくとも漢字が使われているみたいだ。何だか一安心だ。

 俺たちは、列の1番背後の人から看板を受け取って並んだ。列は少しずつ進んだ。途中、俺たちの背後にも人が並び、その人に看板を渡した。


 30分くらいして目を凝らすと、列の先に大きなゲートがあるのが見えた。この空間に来てはじめて見る建造物だ。ゲートからは北と南に真っ直ぐに柵が延びている。俺は直感で、あのゲートの向こう側が異世界なんだって思った。


 それからまた30分。列はやっと500人分くらい進んだころで、異変が起きた。ゲートの向こう側から人が追われて来たんだ。


「なっ何で入れてくれないんだよっ!」

「不正行為をしたんだ。当たり前だろう!」

「ちょっとイカ墨パスタのソースを溢しただけじゃないか」

「それが不正なんだ。QRコードの改ざんは重罪。追放だ!」


 追い出す側は数十人で、しかも全員屈強そうな兵士。追い出されているは一般人風の1人。多勢に無勢。重武装と非武装。勝負は火を見るよりも明らかだった。しばらくすると、追い出された人は諦めたのか、すごすごとゲートの前から去っていった。遠くの出来事ではあったが、俺はあいくる椎名が落書きしたQRコードを確かめては身震いした。まっ、まさか! 俺も追い出されるのかなぁ。こんなに不自然に左半分だけ真っ黒にしちゃったんだもの……。


「まぁ。大丈夫だよ!」


 あいくる椎名は、言葉とは裏腹に眉毛を八の字に曲げてあいくるしい表情をしていた。俺のQRコードを改ざんしたのを棚に上げて。


 はじめて見るゲートの中の人。顔面蒼白の俺とは違い、列の前の方の人たちは騒ぎはじめた。文句を言う相手をやっと見つけたっていう感じだ。


「おいっ! いつまで待たせるんだよ!」

「そうだそうだ! いい加減にしろよ!」

「このままだと日が暮れちまうじゃんか!」

「せめて水だけでも恵んでくれ!」


 みんな、言いたい放題だ。屈強そうな兵士たちは、制圧にかかった。1番騒いでいた人を見せしめるようにして、押さえ込んだ。


「ほら! 騒ぐなら出て行け!」

「なっ、なにを! こっちだって高い金払ってるんだぞ!」

「誰も頼んじゃいないんだよ!」

「そうだとも。この世界を救える能力がお前らなんかにあるはずがないんだ!」


 双方退かず、対立はどんどん加熱していった。人数バランスはさっきとは違う。重武装の無勢に、非武装の多勢。そうなると、勝負よ行方は分からない。このままだと、怪我人が出てもおかしくないくらいにヒートアップしている。衝突はもう避けられないと、俺は思った。そのとき、不意に女の人の声がした。


「兵士たちよ。これ以上のいざこざは、ご飯抜きですよー!」


 この一言で、兵士たちは沈黙した。声を出した女の人は、遠くてよく見えないけど、多分若い人だと思う。屈強そうな兵士たちを一言で鎮めたのだから、相当に地位の高い人か強い人か、そうでなければ美味しいご飯を作ってくれる人なんだろうな。その人は優しそうな声でさらに続けた。


「お待ちのみなさんも、ご協力ください!」


 ところが、列に並んでいた人たちは、簡単にはおさまりそうにない。文句を言う相手が兵士たちから女の人に変わっただけ。


「だっ、だれだっ、このアマァ!」

「そっ、そうだ、そうだ!」

「あまりにも、非人道的じゃないかっ!」


 まだ騒ぐ一部の人を見て、女の人は持っていた棒を大きく投げ上げてから、さらに優しい声で言った。


「私はカホウ・ブランド。あんまりうるさいと、こうなりますよ!」


 そして、投げ上げた棒が最も高くなったときに、その棒に向かって手をかざし、はっと気を吐いた。すると、棒は空中でスゥーッと姿を消した。魔法のデモンストレーションだ。


「QRコードの改ざんは御法度。禁を破った者には永遠の徘徊が待っているのです」


 カホウは笑顔でさらりととんでもないことをして、とんでもないことを言った。


「なっ……。」

「きっ、消えた……。」

「いや、消されたんだ」


 列の人たちは、あっという間に鎮まりかえった。そして、すごすごと元の位置に戻ると、それ以上は騒がなかった。列にいる1人ひとりに向かって、カホウは低姿勢をとって列の端から頭を下げて回りはじめた。その間、屈強そうな兵士たちは、頭の位置をカホウよりも低くなるような姿勢をとっていた。


「ご協力、感謝します」

「……。」

「手続きには時間がかかります」

「……。」


 カホウは、とても丁寧に対応した。騒いでいた人たちも、もうこれ以上文句を言えなかった。そして、さっき兵士たちに制圧されていた人のところにもカホウはやってきた。


「お怪我はございませんか。もうしばらくお待ち下さい」

「先ほどは、騒いだりして申し訳ない!」

「いいえ。こちらこそ、お見苦しゅうございました……。」


 2人の和解に、周囲からは自然に拍手が沸き起こった。しばらくすると、俺のところからもカホウの顔がよく見えるようになった。俺はびっくりした。カホウの容姿は、あいくる椎名にそっくりだった。まるで双子のよう。でも、決定的に違うのは、カホウの方が血色がいいというか、健康的。一言で表現すれば、美人だ。着ているものも上品で、透けるほどに薄手の布地を何枚も重ねてあるのが分かる。そう思ったのは、あいくる椎名も一緒だったみたい。


「美しい人ね! お洋服もかわいい! 勇者くんもそう思うでしょう?」


 俺は、急に分泌してきた唾液をゴクリと飲み込みながら、コクリと頷いた。あいくる椎名の声は、カホウにも聞こえたみたい。俺の方を見ている。お美しい! 俺はまたゴクリと唾を飲んだ。そんなことはお構いなしに、あいくる椎名は続けた。


「そういえば、勇者くんは異世界で何するの? ハーレム建設?」


 こっ、このタイミングで何を急に言い出すんだ! カホウとかいうベッピンさんに、俺がエロいって誤解されちゃうじゃんか。あいくるしいぜ……。俺はあくまで不可抗力で頷いてしまった。やばい! カホウに絶対見られてる。恥ずかしい……。それでも、カホウはどんどん俺に近付いてきた。ありがたいことに、まだ俺に興味があるみたい。


「貴方は、勇者様なのですか?」


 カホウは、そう言いながら真っ直ぐに俺を見た。どうしたって目を合わせちゃうよ。でもジッとみると、吸い込まれてしまいそうだよ。カホウはさらにそのまま真っ直ぐに俺の方に近付いてきた。そして、指差して言った。


「やはり、ホワイトチケットをお持ちなのですね!」


 どうやら、俺が持っているチケットに気付いたみたい。カホウはどんどん近くなった。何だか恥ずかしい。


「その先にホワイトチケット専用のゲートがございます」

「えっ?」

「これも何かの縁です。私が案内致します!」

「ええっ!」


 なんてラッキーなんだ! 俺が持っている白いチケットには特別な意味があるんだろうか。専用ゲートがあるってのもそうだけど、カホウが一際丁寧に頭を低く下げたのがその証拠だと思う。俺とあいくる椎名は、カホウの勧めに応じ、長蛇の列を横目にカホウのうしろをゲートまで歩いた。


 ゲートがどんどん近くなる。近くで見ると、かなり大きくって立派だ。磨かれた大理石のような鈍い光沢があり、何より威厳がある。この門を潜れば異世界! そう思うと何だか緊張するよ。光の玉の中に入れば即、異世界だと思っていただけに、余計にね。

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