第12話 あいくる椎名は落書き中
歩きはじめてかれこれ2時間くらい経ったと思う。真上から照りつける太陽に俺は体力を奪われていた。このまま突き進んでも良いものだろうか。俺は自信がなくなってきた。けど、あいくる椎名は自信たっぷりで、しかも元気いっぱいだった。
「このまま歩いて大丈夫かなぁ……。」
「んーっ、大丈夫だよ! もう半分くらいは来てるもの」
あいくる椎名には何でそんなこと分かるんだろう。それとも雰囲気で言ってるだけなのかな? 俺はもう歩きたくないよ。
「でももう、2時間くらい経つよ。それなのに何も見つからないよ……。」
「けど見て。この地図の現在地、どんどん入口に近付いてるんだ!」
そう言って、あいくる椎名はチケットを俺に見せてくれた。言う通り、現在地が変わっていた。不思議だけど、ここが異世界だとすれば、受け入れても良いかな。だが、俺にはもう1つ気がかりなことがあった。
「まだ半分か。今日中にたどり着けるのかなぁ……。」
「それも、大丈夫!」
あいくる椎名はまたも自信たっぷり。俺がどうしてかって聞いたらあいくる椎名は何か細い棒のようなものはないかって言い出した。そのときに俺はおまけで付いてきたペンがあるのを思い出した。そして、制服の内ポケットからそれを取り出してあいくる椎名に渡した。
「おおっ! 美楽店長の持ってたやつだー!」
嫌なことを思い出しちゃった。けど、今はそんなことを言ってる場合じゃない。俺はあいくる椎名にペンを渡した。あいくる椎名はそのペンを受け取ると、地面に垂直に立てた。
「ほら、ね!」
「???」
固まる俺に、あいくる椎名は優しく教えてくれた。
「影だよ! 影がないんだよ!」
「そ、そうかっ。そう言うことか!」
そのあと、あいくる椎名は歩きはじめてからまだ30分くらいしか経ってないと言い出した。目標のない平坦な空間だと疲労感もあって長い時間が経ったように錯覚するんだって。30分はあいくる椎名の体感だから、実際には中をとって1時間くらいってところかな。
「それに、根本的に時間を気にする必要がないんだよ!」
「どうしてさ?」
「だってここ、時間が止まっているから!」
あいくる椎名は、これも自信たっぷりに言った。理由を聞いて俺は驚いた。あいくる椎名の観察力と分析力にね!
「芙蓉の木の影も、太陽が真上にあることを示していたから!」
つまり、俺たちがこの空間にたどり着いたときからずっと太陽は俺たちの真上にあって、動いていない。それは、時間が止まっているということを意味している。本当かどうかは分からないけど、少なくとも日が沈むのを気にする必要はなさそうだ。
「分かったよ。とりあえず、歩き続けよう!」
「りょうかーい!」
こうして、俺たちは歩き続けた。その途中、さすがに歩くことに飽きたのか、あいくる椎名は俺のペンで落書きをしようとした。
「あれれ? このペン、書けないよ!」
「あぁ、そのペンは……。」
そのペンは、一応はチートアイテムだ。990円の雑誌のおまけとはいえ、凄いやつだ。けど、何も書けないなんて、おかしいな。雑誌には説明があって、たしかQRコードに自由に正確に落書きできるとあった。もしかしたら、QRコード以外には何も書けないのかもしれない。俺は、そのことをあいくる椎名に伝えた。
「なるほどーっ!」
俺の説明の直後にあいくる椎名はそう言ったかと思うと、諦めもせずにペン先を走らせた。すると今度はキュッキュッという音をたてはじめた。マジックペンで画用紙に書いているみたいに。その様子を覗き見て、びっくりした。だって、チケットにはQRコードがあって、あいくる椎名はそこに落書きしているんだもの。
「なっ、何してんの! 勝手なことしないでよ!」
「は、はい。分かりましたっ! 申し訳ございませんでしたっ!」
あいくる椎名の反応は、今までとは全く違った。それはまるで、主人に叱責された奴隷が悲壮感と全力感と、あいくるしさとを醸し出して懸命に謝罪しているようだった。そこまで謝んなくってもいいのにって思うくらい。
「どうしちゃったんだろう、私……こんなに素直に返事をするなんて……。」
「俺が悪いよ。少しムキになってたから……。」
俺は謝罪した。とはいえ、これ以上悪戯されたら堪らないので、チケットは俺が持つことにした。両方取り上げたら嫌らしいから、ペンだけはあいくる椎名に預けることにした。それにしても不思議だった。QRコードにはちゃんと落書きされていた。ちょうど左半分が真っ黒で、右半分は元のままって感じに。このまま放っておいたら、真っ黒にされていたかもしれない。読み取り不良とか起こしたらどうしよう。ま、不可抗力だし、謝れば何とかなるかな! そんな心配するより今は入口にたどり着くことが先決。俺たちは入口へと急いだ。
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