第6話 真坂野勇は会計中

 俺を呼ぶ、あいくる椎名の声が聞こえた。振込の期限まではあと6分を切っている。俺は、悔しさを隠して素早くレジ前に立った。あいくる椎名のレジ捌き、それに応えるレジ、そして俺。三位一体の高速処理の甲斐あって、数秒後には会計のときを迎えた。


「あらっ! お久し振りって感じですね」


 俺が音もなく差し出した2000円札を見たあいくる椎名は、確かにそう言った。懐かしいとかまだあったんだとか、他にも表現は山ほどある。にも関わらず、俺とあいくる椎名の言葉のチョイスは、まさかの完全一致。何というシンクロ率だろう。だが、それも今は虚しいだけ。


「あれれー?」


 またも剽軽に振る舞ったあいくる椎名。間近で見る困った顔もあいくるしい。さっき補充していないんだから、10円玉がないのは分かり切っているはずなのに、まさかの悲鳴だ。


「椎名、これ使うんだよ!」


 そう言いながら隣のレジの女店長美楽が、エプロンの上から胸元に腕を突っ込んだ。ま、まさか! やめろー! やめてくれー! 俺の心の叫び虚しく、女店長美楽は鈍色の硬貨を取り出した。


「ありがとうございます! さすがは元祖ミラクル、ですね!」


 あいくる椎名がそう言った。いや、そこは名前で呼べよ。美楽の読みが知りたいのに。何の元祖だかは知らないし、知りたくもない。だけど、今俺の手にある10円玉は女店長美楽のバカでかいおっぱいからあいくる椎名の手を経由してきたものだという事実は、隠しようがない。俺は、何かが染み込んでいそうなそいつをなるべくいじらないようにして財布にしまうと、肩を落としてレジ前を去ろうとした。あいくる椎名のあいくるしい声と、女店長美楽の野太い声が重なった。それは、あまりにも対照的だった。


「ありがとうございましたー!」

「あぁ、お待ちなさい!」


 俺は不覚にも野太い方に反応してしまい、足を止めた。


「その雑誌にはおまけが付いてんのよ!」


 そう言うと女店長美楽は、エプロンの上から腕を胸元に突っ込んだかと思うと、1本のペンみたいなものを取り出し、俺に向けて差し出した。女店長美楽は、一体どれだけのものをあのバカでかいおっぱいとブラの間に挟んでいるというのだろう。どうでも良いけど。


「はい、これだよっ!」

「あ、ありがとうございます……。」


 もう、何も怖くなかった。俺はそのペンみたいなものをギュッと握りしめて、ATMへと向かった。

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