第5話 真坂野勇は妄想中

 あいくる椎名は、日本人とは思えない容姿の持ち主なんだ。まつ毛はギュンと伸びていて、蒼い光を宿した瞳はパッチリ、鼻筋はきれいな曲線を描いている。唇はやや肉厚でうるおいがありそうだ。そして、上品な銀髪がきれいに纏まって腰の辺りまで伸びている。学校中の、いや、このコンビニを利用する誰もが認める美貌の容姿でありながら、スレンダーで巨乳であいくるしい。


 そのとき、隣のレジの男は、まだおでんを選んでいた。このままだと俺はあいくる椎名に会計してもらうことになりそうだ。良かった、本当に良かった。エロ本じゃなくって。ふと、時計を見ると、期限まではあと8分。結構まずい! だが、たとえ間に合わなかったとしても、俺は後悔しない。あいくる椎名が降臨するところに立ち会えたんだから。それにもう直ぐ、あのあいくるしい椎名のスマイルを、俺が独占する数十秒がやってくる。


 ーー990円の雑誌を買うのに颯爽と2000円札を差し出す俺に、1010円のお釣りを手渡しする。そのときにちょっと手が触れ合ったりする。くぅーっ、たまらない! そして、この流れなら必ず実現する、レジの中に10円玉がないという奇跡! その奇跡はまさかのコンボを生む。


「仕方ない。これで良いですか?」


 そう言ってあいくる椎名は10円玉を慌てることもなく胸の谷間から取り出す。俺は、すみませーんなんて言いながらそれを受け取る。最近はやりの10円玉ミラクルな育乳法さまさまだーっ! ーー


 俺が妄想を繰り広げている間に、1分が過ぎた。あいくる椎名は前の人の買うものを素早くピッとやり、袋詰めも終えている。会計金額は498円。しみったれた客だ。しかも、小銭を探して財布の中をかき混ぜていやがる。整理整頓のできない、ガサツなやつだ。だが、その客が10円玉を使って支払ってしまったら、奇跡は起こらない。それは嫌だ。俺は奇跡を強く希望する。とっとと1000 円札を出して、502円のお釣りを受け取れー!


「あった!」


 俺の願い虚しく、客のやつったら見つけちゃったみたいだ。くっそう! 悔しいー! だが、客が取り出したのは鈍く光る硬貨ではなく、穴の開いたやつと、ちっこいやつがワン、ツー、サン枚! まさかの細かいのだっ!


「1008円ですね。お返しは510円です!」


 あいくる椎名の爽やかな声が響く。これで、会計による平等院鳳凰堂補充の線はなくなった。あとはレジ! 10円玉を使い切ってくれ! 俺は祈った。


「あれれー?」


 珍しく剽軽に振る舞ったあいくる椎名は、そう言いながら困った顔をした。まさか! 俺がそう思った直ぐあと、あいくる椎名は意を決したようにエプロンの上の隙間から手を入れた。まっ、まさか! やめろー! やめてくれー! 俺の心の叫び虚しく、あいくる椎名はそこから鈍色の硬貨を取り出した。


「仕方ない。これで良いですか?」


 一部の情報ではこの街が発祥ともいわれる10円玉ミラクルな育乳法。どう考えても単なる都市伝説に過ぎないミラクルな育乳法。そして今やそれは、俺の大方の予想通りあいくる椎名が実践するまでになっていた。本来なら俺のものとなるはずだったあいくる椎名の10円玉。気が付けば見知らぬ大学生風の男のものだった。あの10円玉、100円出してでも手に入れたかった……。


「次の方、どうぞ!」

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